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秋さめ前線【3ページ短編】

第1章 海で待つ少女

元禄の頃、夏の暑さもやわらぎ過ごしやすい秋の涼し気な風が気仙沼の漁港を抜けていく

「ごめんよ、安二郎が江戸から戻って来たって?」

「ああ、源蔵かい、久しぶりだね、
 安二郎は戻ってはきているけれど、ずっと奥に引きこもったままでね、ちょうどよかった
 あいつを海辺にでも散歩させてやってくれねぇかい?」

「ほぅ、江戸の町はさぞかし嫌なことがあったんたろうな、まかせときな」


げっそり痩せ細った安二郎とその幼馴染の源蔵は夕暮れの景色が綺麗な小高い丘のほうまでやってきた

漁港をぐるりと歩こうと源蔵は考えていたのだけれど、とにかく安二郎が海の近くを嫌がるので仕方なく風あたりの良い丘のほうを散歩していた


「ほぅら、こっからだと浜スミレの岩場が良く見えらぁ!そろそろ長雨の季節だから波も高いな
 丘の方に来て正解だったかもな」

あたりは浜スミレが咲く絶景の場所だ

漁港から少し離れただけで大きな岩場がころごろしていて、いわゆる奇岩石群が湾全体に続いていた

「源蔵、岩場に誰か立っているな」

「ああ、あれは“あき”だな
 めおとになる予定の男を待っているんだ
 なんでもあの浜スミレが咲く場所で再会を約束していたらしい、健気な女だぜ」

「男は何処に行ったんだ?」

「堺の港まで足を伸ばしてるのさ、江戸よりも高く売れるからなぁ、そのぶん何日も何日もかかっちまう、祝言あげるために金を稼ぎに行ってるんだが、いくら待っても帰ってこねぇ
 嵐で船が沈んだか、それとも向こうでいい女と暮らしているか……」


「浜スミレで待ち合わせか、なんとも健気だ
 あの花も良くこんな強い海風のあたる場所で生きていけるもんなんだな?」

「あの岩場の突き出た大きな岩が見えるだろう?あれのおかげで直接海風が当たらないのさ」

安二郎が見定めてみると、確かに三角のように海から突き出た大きな岩が風よけの役目を果たしているようだ

「あの三角の岩、俺にはさめの背びれに見えておっかねぇ……」

「背びれ?ああ、本当だ、たしかにそんな感じでも見えるな、でも漁師なら“ふか”ごときにビビってんじゃねぇよ、あいつらは漁場を荒らすし、網を破くこともあるからな

 それにしてもここが“ふか”の繁殖場所になってるのは奇遇だな」

源蔵は笑った

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