
約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever
第11章 Half MooN
ふと不安を憶え、居間を見ても厨房を見ても、彼の姿は見当たらない。おかしなものだと自分でも思った。昼間、自分のために玉座を棄てないで欲しいと泣いて訴えたくせに、こうして彼の姿がちょっと見えなくなっただけで俄に不安になり、狭い家中を探し回る。
徳宗は家の前にいた。猫の額ほどのささやかな庭に佇み、空を仰いでいる。
「殿下(チヨナー)」
背後から呼ぶと、徳宗が振り向いた。
「その呼び方は止めてくれ。外聞をはばかるし、第一、農夫にはふさわしくない」
「―本当によろしいのでございますか?」
空には半月が浮かんでいる。夜空にぽっかりと浮かんだ月は、丁度、黄色い蒸し饅頭をきっちりと半分に割ったようだ。
徳宗は莉彩の問いには応えず、全く別のことを口にした。
「莉彩、私には幼い頃、夢があった」
「夢、にございますか?」
「ああ、私は六歳で母上(オバママ)を喪い、父上(アバママ)は健在ではあっても、私にとっては常に遠い人だった。大きくなったら、私は心から愛する女性とめぐり逢い、たくさん子どもを作るのだと考えていた。自分の子には私のように淋しい想いはさせないと子ども心に思いつめていたものだ。今から考えれば、随分とませた子どもだったな」
ひそやかな笑い声を立てる徳宗の横顔を月光が蒼く染めている。王者らしい秀でた横顔に一瞬、見惚(みと)れた。
「子どもながらに、温かい家庭というものに強く憧れていたのだろう。私には物心ついたときから、ずっと無縁のものだったから」
莉彩は徳宗のしみじみとした述懐に静かに耳を傾けていた。
「私は今、幸せだ。愛する妻と息子が側にいて、あれほど手に入れたいと願っていた温かな家庭、家族がこの手の内にある。そなたは私がそなたのために何もかもを棄てたと思うているようだが、私に言わせれば、そなたが私にすべてを―私の望むものを与えてくれたのだ。私は、そなたにどれほど感謝しても足りないほどだぞ」
「私も幸せにございます。心からお慕いするお方の傍にこうしていられて、そのお方の子を授かることができました」
それは莉彩の素直な心境だった。
だが。こうして幸せに浸れば浸るほど、逆に怖くなる。こんなに幸せで良いのかと、この幸せがいつまで続くのかと不安になる。
徳宗は家の前にいた。猫の額ほどのささやかな庭に佇み、空を仰いでいる。
「殿下(チヨナー)」
背後から呼ぶと、徳宗が振り向いた。
「その呼び方は止めてくれ。外聞をはばかるし、第一、農夫にはふさわしくない」
「―本当によろしいのでございますか?」
空には半月が浮かんでいる。夜空にぽっかりと浮かんだ月は、丁度、黄色い蒸し饅頭をきっちりと半分に割ったようだ。
徳宗は莉彩の問いには応えず、全く別のことを口にした。
「莉彩、私には幼い頃、夢があった」
「夢、にございますか?」
「ああ、私は六歳で母上(オバママ)を喪い、父上(アバママ)は健在ではあっても、私にとっては常に遠い人だった。大きくなったら、私は心から愛する女性とめぐり逢い、たくさん子どもを作るのだと考えていた。自分の子には私のように淋しい想いはさせないと子ども心に思いつめていたものだ。今から考えれば、随分とませた子どもだったな」
ひそやかな笑い声を立てる徳宗の横顔を月光が蒼く染めている。王者らしい秀でた横顔に一瞬、見惚(みと)れた。
「子どもながらに、温かい家庭というものに強く憧れていたのだろう。私には物心ついたときから、ずっと無縁のものだったから」
莉彩は徳宗のしみじみとした述懐に静かに耳を傾けていた。
「私は今、幸せだ。愛する妻と息子が側にいて、あれほど手に入れたいと願っていた温かな家庭、家族がこの手の内にある。そなたは私がそなたのために何もかもを棄てたと思うているようだが、私に言わせれば、そなたが私にすべてを―私の望むものを与えてくれたのだ。私は、そなたにどれほど感謝しても足りないほどだぞ」
「私も幸せにございます。心からお慕いするお方の傍にこうしていられて、そのお方の子を授かることができました」
それは莉彩の素直な心境だった。
だが。こうして幸せに浸れば浸るほど、逆に怖くなる。こんなに幸せで良いのかと、この幸せがいつまで続くのかと不安になる。
