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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第11章 Half MooN

 その時、再び表の扉が勢いよく開いて、元気な声が響き渡った。
「ただいま」
 まるで鉄砲の弾のような勢いで、男の子が部屋に飛び込んでくる。
「お母さん(オモニ)、産みたての卵を趙(チヨン)さんところのおばさんが良い値で買ってくれたよ。これで今夜はお母さんに栄養のある粥でも作ってあげられ―」
 聖泰だった。五歳になって、幼児から幾分、少年らしい、しっかりとした身体付きになっている。同じ年頃の子どもよりは背は高い方に違いない。顔立ちは五歳よりは二、三歳は上に見えるほど大人びて、しっかりしていた。
 彼は嬉しげに母親に報告しかけ、ハッとして見知らぬ男を見上げた。
 その黒いあどけない瞳はどこまでも澄んでいる。曇りのない眼には当惑が浮かんでおり、全く見知らぬ赤の他人を見る眼に、王の胸にやり切れなさと哀しみ―、怒りが一挙に押し寄せた。
 恐らく、二年前は幼すぎて、あの頃の記憶は彼の中には残ってはいないのだろう。
 王の瞼に、地面に家族の絵、〝お父さん、お母さん〟と書いていた幼子の姿が甦る。
 可哀想に、どれほど淋しかっただろう。
 どれほど、父親に逢いたかっただろう。
 自分はこれまで、この子に何一つ父親らしいことをしてやれなかった。
 今からでも遅くはない、この子に、息子に父として何かをしてやりたい。
 徳宗は息子に近づくと、両手をひろげた。
 眼を丸くする子どもを逞しい腕に閉じ込め、きつく抱きしめる。
「お母さん、このおじさんは誰なの?」
 聖泰が不思議そうな表情で莉彩を見た。
「聖泰のお父さんよ。遠いところから今、やっと私たちのところに帰ってきて下さったの」
 なお、聖泰は戸惑った様子で莉彩と徳宗を交互に眺めている。
 ふいに徳宗に抱きしめられた聖泰が不満の声を上げた。
「おじさん、痛いよ」
 徳宗が破顔する。
「そうだな。済まない」
 それでも、徳宗はやっとめぐり逢えた我が子を腕の中から出そうとはしなかった。
 
 その夜、親子三人で初めて食卓を囲むことになった。賑やかな夕飯を終え、聖泰が床に入ってから、莉彩は徳宗がいないことに気付いた。

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