テキストサイズ

約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第11章 Half MooN

 自分たちが食べてゆくだけの収穫もないのに、都の貴族たちは彼等から不当に年貢を搾取しようとする。国王も大臣も都の民の困窮はある程度知ってはいても、こんな鄙びた農村の悲惨さまでは知らない。
 いつの時代でも富める者は果てしなく富み、貧しい者はとことん貧しい―というのは変わらないようだ。
 かといって莉彩には彼等のために何をどうすることもできず、ただ子どもたちに字を教えてあげるだけだ。が、学問をすることは生きてゆく力になる。字を憶え、計算ができるようになれば、都に出て商人にもなれるだろう。むろん、学問を修めただけで未来が開けるなどと楽観すぎることは言わないけれど、何も知らないよりは人生の可能性や選択肢が増えてくるのは確かだ。
 子どもたちが将来、生きてゆく上で何らかの形で助けになればと莉彩は考えていた。
 表の戸がカタリと開いた。聖泰が帰ってきたのかもしれない。
「聖泰(ソンテ)や」
 莉彩は息子の名を呼んだ。
 二人だけでいるときも、莉彩と聖泰は韓国語で会話するのが当たり前になっている。不思議なことに、現代からこの時代に飛び、更に莉彩も聖泰も日本人であるにも拘わらず、時を飛んだその瞬間から、韓国語がまるで母国語を操るように自然に口をついて出てくる。
 現代日本にいるときには、そのようなことはない。あれほど巧みに喋っていたハングルもまるでちんぷんかんぷんになってしまう。それが、タイムトリップの不思議なところだ。
 二人でいるときも、この時代ではハングルを使う方が自然な感じがする。
「聖泰や、帰ったの?」
 返事がないのを訝しみ、莉彩はもう一度呼ぶ。
 寝室の扉が音を立てて開き、莉彩は眼をまたたかせた。てっきり息子が帰ってきたとばかり思ったのだけれど、どうやら客人らしい。窓から差し込む初夏の陽光を受けて、背の高い男が立っていた。
「どなたさまですか?」
 男の立つ位置は丁度逆光になっていて、眩しく顔が定かには見えない。莉彩は眩しげに手のひらを額にかざした。
 鐔広の帽子は、顎紐の代わりに玉を連ねている。品の良い仕立ての薄紫の上下、かなりの身分のある客のようだ。莉彩の視線がふいの客の上から下までを辿る。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ