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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第7章 対立

 幼少の頃から苛め抜かれた冷淡な義母ではあっても、立場上は〝母〟である大妃を立て礼をもって接してきたのだ。だが、賢花に続き、またしても王の愛する女を傷つけようとした大妃を王は今度は許さなかった。
 それまで内面はともかく表面だけは何とか成り立っていた母子関係が決定的に崩壊した瞬間だった。
 今、王は大妃を確かに〝母上〟と呼んだ。
 しかし、その声音は聞く者の心を凍らせるほどに冷え切っている。
「あなたの母とあなたは、私をとことん苦しめた。あなたの母のお陰で、私は中殿という立場にありながら、まるで日陰の身のように小さくなって宮殿で過ごしたのだ。先王さまの寵愛を一身に集めるそなたの母は後宮で時めき、廷臣たちがご機嫌伺いにゆくのは中殿の私ではなく、側室の淑儀―そなたの母の方であった」
 大妃が悔しげに紅い唇を震わせた。
「それがいかほど口惜しいことだったか、殿下にお判りになられますか? 先王さまが私に初めて良人らしい優しさを見せて下されたのは、私が懐妊したときのことだった。初めての子ゆえ、日々膨らんでくる腹を撫でては生まれてくるのを愉しみになさっていたものだ。だが、折角授かった姫は生まれたその日に亡くなり、先王さまの関心は丁度その頃、後宮に入ったそなたの母に移った」
 大妃の視線がふっと遠くなった。
「何故、私がたった一人の娘を失わねばならなかったのか。亡くなったのがあなたではなく、私の娘でなければならなかったのか。私はずっと運命を呪い続けてきたのだ。私を蔑ろにした先王さまを初め、その原因となったそなたの母やそなたを恨み続けて参った」
 辺りは異様なほどの静けさに包まれた。
 誰も声を発せようとしない。
 意外にもその静けさを破ったのは徳宗だった。王は静かな声音で言った。
「私の母が亡くなった後、初めて大妃さまのおん許に私がご挨拶に行ったときのことを憶えておいでですか?」
―不幸にして淑儀が亡くなった今、これからは中殿がそなたの新しき母となる。そなたはいずれ、世子になる身だ。これ以降は中殿を真の母と思い、孝養を尽くすように。あれは情に厚い女ではないが、幸か不幸か実子がおらぬゆえ、そなたが心から慕えば、また中殿も頑なな心を開き、そなたを子として慈しむであろう。

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