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約束~リラの花の咲く頃に~ⅢLove is forever

第7章 対立

 孔尚宮が再び、鞭を振り上げる。
 その瞬間、鋭い声が飛んだ。
「―止めよ!」
 大妃の前に国王―徳宗が静かに歩いてくる。
「大妃(テービ)さま(マーマ)、これは、いかなる仕儀にございましょうか」
 冷えた声音で追及されても、大妃は眉一つ動かさない。
「私の愛する妃をこのような目に遭わせるその理由をお伺い致しましょう」
「この者が不届きにもお閨で国王殿下にあることないことを囁いておると聞きましたゆえ、少々、仕置きが必要かと思いまして」
 澄ました顔で言う大妃を、王が燃えるような眼で睨んだ。
「では、私から申し上げますが、孫淑容が寝所でねだり事をしたことなぞ、金輪際ございません。私が孫淑容の人柄を見込んで中殿にと望んでも、自分は私の側にいられるだけで幸せなのだ、中殿など望んでは仏罰が当たると申します。全く欲のない女なのです」
「な、何ですと? 殿下、今、何と仰せになりましたか。中殿、この女を中殿にですと? とうとう妖婦の色香に惑わされ、正気を失われましたか? 殿下。断じてあり得ない、許されないことです。中殿という重い立場にいずこの馬の骨とも知れぬ卑しい娘を据えることはできませぬ。王妃は国母、この国の母ですぞ。それなりの格式と家柄を持つ家門の娘でなければなりませぬ」
 と、王が端整な貌をふっと歪めた。
「な、何がおかしいのです。私の申していることが間違いだとでも仰せになるのですか」
 大妃が鼻白み、キッと王を睨み返す。
 王は笑みを美しい面に貼り付けたまま、冷え冷えとした声で応えた。
「母上(オバママ)は怖ろしい方だ。賢(キヨン)花(ファ)に汚名を着せた上で、毒を食(は)ませるように私にお命じになった。私はあの世で賢花に顔向けがなりませぬ。一生守ってやると誓いながら、哀しく辛い想いばかりさせ、絶望の中にいる賢花をたった一人で逝かせてしまった。もう二度と愛する者を失いたくはない。死ぬよりも辛い後悔に苛まれ、罪の意識にのたうち回りながら生きてゆくのはご免だ!!」
 それは、魂の叫びともいえる咆哮だった。
 十年前、莉彩を鞭打った大妃に対し、それ以降、王は再び〝母上〟と呼ぶことはなかった。

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