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幸せな報復

第20章 夏が終わって

 恵美の考えた勘太郎一家を崩壊させる報復計画は、恵美の変質的な愛情を親子に味合わせることで、二人のわずかばかりの性欲をあおって誠実さをそぎ落とし堕落させることだ。父親の勘太郎は電車内で自分に痴漢行為をした最低男だからヤツを落とすには造作ない、と思っていた。恵美にとっては今回の報復の切っ掛けになった取るに足らない最低男なのだが、ヤツのことが気になって仕方ない。それは自分に対する痴漢行為を途中で放棄し逃げたからなのか。彼女はなぜ勘太郎が忘れられないのか自分でも不思議だった。
「絶対、あり得ないわ。わたしの体を触って楽しんでおいて…… わたしから逃げるなんて……」
 恵美は満員電車内で散々触ってくる彼に対し嫌がる素振りを見せた記憶がない。いつもの自分からは考えられない状況だった。
「うかつにも…… いつもなら隣に近づいただけで気持ち悪いのに、ヤツだけはうっとりして身を任せてしまったわ…… それなのにヤツは途中でわたしの気持ちを袖にして逃げた。学園アイドルのわたしに対して…… 最低男のヤツは絶対触れられないわたしの体をいじくり回しておいて…… わたしをその気にさせて…… 逃亡した。どういうこと? 
 あの最低男は許さないわ。あの日を思い出すだけで怒りが沸いてくるわ…… こうなったら…… 一族同等、痛い目に合わせてやるわ……」
 彼女から一族に認定されて報復の対象になった浩志はいい災難だ。彼女の親子への報復はこれが始まりだった。彼女はそれを思い出してはまた奥歯をかみしめる。現行犯逮捕できなかったことを悔やんだ。
 彼女はいつものように勘太郎を警察になぜ突き出せなかったのだろうか。
「ほんと、あの日、わたし…… どうかしていたわ。だから…… 個人的に制裁を加えてやらないと怒りが収まらないわ」
 という無茶苦茶な論理を彼女はつぶやいた。非合法な罰を私的な報復として下すことを当然の権利、と考えた。
 さすがけだもの族の末裔ならではの最低な思考回路だ。人間の人格を持つ恵美にはそんな異常な人格がときどき出ては彼女を支配し日常のアイドルとは真逆な行動をしていることを知らなかった。

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