
シャイニーストッキング
第4章 絡まるストッキング3 大原本部長と佐々木ゆかり部長
113 ファザコン
両親はわたしが小学6年生の16年前に離婚した。
そして最後の父親との思い出の場所がこの横浜の山下公園前の、この海なのである…
わたしは小さな頃から父親が大好きであった。
そして今でははっきりと自覚できている、いわゆるファザコンなのである。
だから離婚の際に本当は父親と一緒に行きたかったのだが、とても傷心の母親を見捨てる訳にはいかなかったし、なによりも離婚の原因が父親の浮気であったのだ。
わたしは幼稚園から大学まで一貫教育の某ミッション系の学校に通っていたし、当時はクリスチャンであったのだ。
だから、内心は父親の浮気は許せなかった。
しかし、浮気は許せなくとも父親の事は大好きであったのだ。
そして両親が離婚をし、その後に母親が再婚して新しい父親と弟ができても、わたしは定期的に父親とは逢っていたのであった。
そう、その父親が亡くなるまでは…
父親は、今から2年半前の、あの突然の悲劇
『阪神、淡路大震災』
の犠牲になってしまったのである。
そしてその亡くなる前の最後に逢った場所こそが、この場所であり、この日なのである。
さすがにその頃は離婚してから既に13~4年が過ぎており、定期的といってももう1年に1度の頻度にはなっていたのだが、だからこそ今夜、この場所は、わたしにとってはとても大切な場所なのであった。
離婚してからのこの13~4年の流れた時間に、わたしは12歳の子供から25歳の大人の女として成長をし、そしていつしか父親も離婚当時の34歳から47歳の素敵な熟年男性としてわたしの心の中に存在し、こんなファザコンの想いを確立してしまったのだと思う。
そしてファザコンであるわたしは、この目の前にいる大原さんに、亡き父親の影をダブらせてしまい、余計にこうして愛してしまっているのである。
最初は、亡き父親の姿をダブらせたのがきっかけであった…
だが、今は違うのだ。
本気で彼を愛している、いや、昨夜のあの女部長の電話をきっかけに、完全に愛してしまっている自覚をしたのだ。
そしてわたしは、心から、本気で、彼を、大原浩一を、あの女部長から奪い、自分のモノ、自分の男にする…
そう決めたのである。
だから今、目の前でわたしを見つめている彼を…
わたし一人のモノにしたいのだ…
両親はわたしが小学6年生の16年前に離婚した。
そして最後の父親との思い出の場所がこの横浜の山下公園前の、この海なのである…
わたしは小さな頃から父親が大好きであった。
そして今でははっきりと自覚できている、いわゆるファザコンなのである。
だから離婚の際に本当は父親と一緒に行きたかったのだが、とても傷心の母親を見捨てる訳にはいかなかったし、なによりも離婚の原因が父親の浮気であったのだ。
わたしは幼稚園から大学まで一貫教育の某ミッション系の学校に通っていたし、当時はクリスチャンであったのだ。
だから、内心は父親の浮気は許せなかった。
しかし、浮気は許せなくとも父親の事は大好きであったのだ。
そして両親が離婚をし、その後に母親が再婚して新しい父親と弟ができても、わたしは定期的に父親とは逢っていたのであった。
そう、その父親が亡くなるまでは…
父親は、今から2年半前の、あの突然の悲劇
『阪神、淡路大震災』
の犠牲になってしまったのである。
そしてその亡くなる前の最後に逢った場所こそが、この場所であり、この日なのである。
さすがにその頃は離婚してから既に13~4年が過ぎており、定期的といってももう1年に1度の頻度にはなっていたのだが、だからこそ今夜、この場所は、わたしにとってはとても大切な場所なのであった。
離婚してからのこの13~4年の流れた時間に、わたしは12歳の子供から25歳の大人の女として成長をし、そしていつしか父親も離婚当時の34歳から47歳の素敵な熟年男性としてわたしの心の中に存在し、こんなファザコンの想いを確立してしまったのだと思う。
そしてファザコンであるわたしは、この目の前にいる大原さんに、亡き父親の影をダブらせてしまい、余計にこうして愛してしまっているのである。
最初は、亡き父親の姿をダブらせたのがきっかけであった…
だが、今は違うのだ。
本気で彼を愛している、いや、昨夜のあの女部長の電話をきっかけに、完全に愛してしまっている自覚をしたのだ。
そしてわたしは、心から、本気で、彼を、大原浩一を、あの女部長から奪い、自分のモノ、自分の男にする…
そう決めたのである。
だから今、目の前でわたしを見つめている彼を…
わたし一人のモノにしたいのだ…
