
副業は魔法少女ッ!
第3章 ガラスの靴の正体は
「ところで、まだヤッてないなんて。一年以上経つんでしょ?」
「それは……いつかは、と思いますけど……そういう雰囲気にならないですし……」
「あら、雰囲気は生み出すものよ?」
「生み出す?」
「例えば、こうやって──…」
「きゃっ」
おとがいを捉えたなつるの指を、ゆいかの身体が拒絶した。彼女の片手を引き剥がしても、条件反射的に跳ねのけた余韻が、まだうなじを彷徨っている。
至近距離に迫ってきたのは、親切で気さくな女の顔だ。もちろん嫌悪感を覚えるわけない。
本当にキスしないわよ、と、いたずらに口許を緩めるなつるの顔が、ゆいかの目路でいびつにぼやけた。
昼に明珠が社長室に戻ったあと、明園達の雑談が、淫らな方向に進んでいった時と同じだ。異様に頬が熱くなり、片想いを自覚したばかりの少女のように、この場にいない恋人が、面影だけでゆいかの鼓動を逸らせる。
さんざっぱらゆいかを天然記念物だの純真だのけなしたなつるが、にわかに顔を引き締めた。口を動かした分、業務も進めていたようで、腰を上げた彼女がゆいかの手前に出してきたのは、ここから近いビルの地図が添付されたコピーだ。
なつるが裏手口に駐車していた自家用車に乗り込んで、ゆいかは彼女と目的地を目指した。
助手席を降りて廃屋のビルに近付くと、急に寒気がした。
普段、霊的な場所に行っても、ゆいかは特に感じやすい体質ではない。黒い手が身体に巻きついてくるような、駅に近い立地らしからぬ、しんとしているにも関わらず、混濁した瘴気が立ち込めていた。
コピーを確認しながらなつるの後を付いていく。開け放たれた正面玄関を通り抜けると、複数の甲高い男女の声が響いてきた。
