
副業は魔法少女ッ!
第8章 正義の味方のいないご時世
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バルコニーからの眺めがあまりに美しかったからか、その眺めを悪魔に売り飛ばしてでも守るべき美しい人のプロポーズを受けた喜びによるショックからか、春の夜風に撫でられて、ゆいかはうたた寝していたようだ。
気がつくと、明珠がゆいかを抱き締めていた。
この世の果でても目の当たりにしたかのような目で、ゆいかを呼んで、泣き濡れている。ゆいか自身も泣いていたようで、眠る前、何があったか思い出せない。
左手薬指には、夢に出てきたのと同じリングが嵌められていた。ハート型にカットされたブルーダイヤモンドを囲って、青みを帯びていない白い愛の石が、小花の装飾を施している。
「…………」
「ゆいか……?」
半月近く、明珠と生活を共にしていた。彼女の夢が実現した楽園で、特に今日は一日中側にいて、楽しいことしかなかったはずだ。だのにゆいかは、胸の奥に深い悲しみの残滓を感じる。その悲しみが終わったことも。よほど辛い夢でも見ていたのか。
…──夢?…………。
うたた寝から覚める間際、ゆいかを押し上げたのは違和感だった。その違和感は、以前にもゆいかを救った。
「明珠の魔法は、なかったことになる、こと?」
「あ……」
「前に電車で、あたしが怨嗟に憑かれた時。あの時も気づいたら電車の外にいた。記憶が重複して、結局、何ともなかったんだ」
意識が明確になっていく。
今しがたの悲しみは、夢ではない。魔法少女を辞めたゆいかは、寿命という対価を失くした。神の掟に逆らってまで手に入れたものを、手放しただけ。そう納得しても、本心では生きたかった。明珠と共に生きられるなら、正しい道など歩みたくない。正義の味方になるために、魔法少女を経験したわけでもなかったゆいかは、叶うならもう一度奇跡を願いたかった。
