
優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第18章 揺れる日々
「咲ちゃん。こんにちは」
診察室に入ると、いつも通り早乙女先生がにっこり微笑んでいた。
「……こんにちは……」
声が小さくなる。震えていた。
優は、診察室の外。『待ってるから、大丈夫。ちゃんと治療して帰ろうな』って、頭を撫でてくれたけれど、緊張は解けなくて……撫でてくれた手を思い出して、心細くなってしまった。
「大丈夫だから顔上げて」
早乙女先生がわたしの顔を覗き込む。既に泣きそうな顔をしているのに気づかれたくなくて、唇に力を入れた。
「あらあら、そんな顔して……よっぽど怖くなっちゃったのね」
困ったように早乙女先生が笑う。
ここへ来て、怖くなっただけではなかったことに気づく。
昨日の夜、春ちゃんにしがみついた自分の不甲斐なさがずっと心に引っかかっていること。
ここに来るまでにたくさんの迷惑を、優や春ちゃん、そして、早乙女先生にかけてしまっていること。
月1回の治療を、ろくに自分でできずに、早く大人にならなきゃと焦っていること……。
色んな気持ちがごちゃ混ぜになっていた。こんがらがった糸が、もっとぐちゃぐちゃになって、解けなくなってしまったみたいに。
ボロボロと涙がこぼれて、視界が曇った。
「……ごめんなさい……」
制服のスカートに染みができていく。
泣くつもりではなかったのに。
心の中で何度も何度も謝りながら、でも涙は止まらなくなってしまった。
「咲ちゃん。治療以外にも、つらいことがありそうだね」
きっと優から話は聞いているだろう。
ひとしきり泣いても、涙が止まらなくなってしまったことを見かねて、早乙女先生が言った。
「澤北、呼ぼうか」
呼ばれた優が診察室に顔を出す。
また、迷惑をかけた。
そんな気持ちが湧き上がってしまう。
