
優しく咲く春 〜先生とわたし〜
第18章 揺れる日々
「この家で3人で治療するよりは良いだろう。咲だって嫌がっても理解はしてる。どっちみち、月一の治療をしないという選択肢はないからな」
優が箸を置く。
「ごちそうさまでした」
と手を合わせると、食器を片付け始めた。
あとで……と残しておいた食器も、優がゆっくりと洗っていく。
「あ! いいのに。疲れてるんだから、風呂入って来なって!」
後を追ってキッチンに入ると、優が笑った。
「大して疲れてない。これくらい大丈夫だ」
「……タフっていうかなんていうか」
諦めてカウンターテーブルにつくと、優の動かす手を見ていた。
丁寧なのに流れるように手が動く。基本的に器用なのだ、優は。
「咲には、隙を見て話しておく。今回の治療のこと」
呟くように、優が言った。それに素直に甘える。
「うん。ありがとう、よろしく」
ほっとため息をつく。
キッチンのシンクを跳ねる水の音に耳を傾けながら、残りのコーヒーを啜っていると、唐突に優から名前を呼ばれた。
「春斗」
優の視線は手元に落ちたまま。でも、水音に流されないはっきりとした声だった。
「んー?」
いつも通りの返事をしながら、なんとなく少しだけ居住まいを正す。
優は俺の方を見ずに、手を動かしたまま言った。
「自分の気持ちも、大事にしろよ」
思わぬ言葉に、面を食らう。
カウンター越しに目が合って……目を離せなかった。
優が、ふっと笑みをこぼして、水道の水を止める。
「……風呂、入ってくる」
キッチンを抜けて、風呂場へと向かって行った。
「……あ、うん! ……いってらっしゃい」
扉が閉まる音に、声が重なる。
1人になったリビングで、マグカップのふちを指でなぞった。不意に言われた一言で思考が止まっていた。
……自分の気持ち。考えているし、いつでも内にあるものだと思っていたけれど……。
考えるほど、わからない。
優がなんで、突然に、そんなことを言ったのか。
深いため息をひとつついて、机に突っ伏す。
今度はマグカップの持ち手を指でなぞって、目を閉じた。
