
仮面舞踏祭~カーニバルの夜に~
第1章 祭りの夜
時は忘れ薬だと人はよくいうけれど、あんなのは所詮、きれい事か失恋の痛手を味わったことのない人の言いぐさだ。仮にも結婚しようと決めて付き合い、付き合った期間の半分近くの週末は同棲に近い暮らしをしていたのだから、容易く想い出が消えてくれるはずがなかったのだ。
二人で友里奈の住むアパート近くの小さなスーパーで夕食の買い物をしたこと。伸吾が荷物で一杯になったカートを押してくれ、友里奈がレジで支払いを済ませたこと、寒い冬の夜、鍋をつついた後、コーヒーが飲みたいねなんて言い合って、やはり近くの自販機まで缶コーヒーを買いにいったこと。そのときに二人並んで見上げた夜空に冬のオリオンがきらきらと輝いて、まばゆい光のネックレスみたいだね、と伸吾が嬉しげに友里奈に語ったこと。
今から思えば、実に他愛ない、どこまでが本気か判らないような男の台詞だったけれど、あの時、友里奈は確かに彼に恋していたのだ。
K社専務の令嬢と付き合っていたのが何と香恵と関係を持つ少し前からだというのだから、あの男は三人の女の間を行ったり来たりしていたことになる。
まさに女の敵のような男だ。そう思って、あっさりと忘れれてやれば良いのに、情けないことに友里奈にはできなかった。ともすれば、あいつの笑顔が瞼でフラッシュ・バックしている。
その点、女たらしというものはすべてそうなのかもしれない。伸吾は妙に人懐っこいところのある男であった。まるで子どもというのか、俺様で自分が主導権を握りたがる癖に、妙なところで急に甘えた猫のようにすり寄ってくるというのか。
冷めた眼で見つめれば、単なる我が儘な責任感のない情けない男なのだけれど、その男に惚れて夢中になっている間には、その欠点も美点に見えるから厄介だ。
伸吾と別れてから、友里奈は会社を辞めた。ほぼ同時期に香恵も辞めたが、それは伸吾と結婚するための寿退社である。友里奈のように〝男に棄てられて、居づらくなった〟わけではない。皮肉なことに、友里奈たち三人は部署こそ違えども、同じ会社に勤務していた。私と伸吾は同期入社で社内恋愛し、私が伸吾を親友の香恵に紹介したのである。
二人で友里奈の住むアパート近くの小さなスーパーで夕食の買い物をしたこと。伸吾が荷物で一杯になったカートを押してくれ、友里奈がレジで支払いを済ませたこと、寒い冬の夜、鍋をつついた後、コーヒーが飲みたいねなんて言い合って、やはり近くの自販機まで缶コーヒーを買いにいったこと。そのときに二人並んで見上げた夜空に冬のオリオンがきらきらと輝いて、まばゆい光のネックレスみたいだね、と伸吾が嬉しげに友里奈に語ったこと。
今から思えば、実に他愛ない、どこまでが本気か判らないような男の台詞だったけれど、あの時、友里奈は確かに彼に恋していたのだ。
K社専務の令嬢と付き合っていたのが何と香恵と関係を持つ少し前からだというのだから、あの男は三人の女の間を行ったり来たりしていたことになる。
まさに女の敵のような男だ。そう思って、あっさりと忘れれてやれば良いのに、情けないことに友里奈にはできなかった。ともすれば、あいつの笑顔が瞼でフラッシュ・バックしている。
その点、女たらしというものはすべてそうなのかもしれない。伸吾は妙に人懐っこいところのある男であった。まるで子どもというのか、俺様で自分が主導権を握りたがる癖に、妙なところで急に甘えた猫のようにすり寄ってくるというのか。
冷めた眼で見つめれば、単なる我が儘な責任感のない情けない男なのだけれど、その男に惚れて夢中になっている間には、その欠点も美点に見えるから厄介だ。
伸吾と別れてから、友里奈は会社を辞めた。ほぼ同時期に香恵も辞めたが、それは伸吾と結婚するための寿退社である。友里奈のように〝男に棄てられて、居づらくなった〟わけではない。皮肉なことに、友里奈たち三人は部署こそ違えども、同じ会社に勤務していた。私と伸吾は同期入社で社内恋愛し、私が伸吾を親友の香恵に紹介したのである。
