
仮面舞踏祭~カーニバルの夜に~
第1章 祭りの夜
しかし、単なる迷信と甘く見てはいけない。このジンクスは結構、効果ありとのことで、この町の悩める男女だけでなく世界中から参加するためにわざわざやってくる若者が多いのだ。普段はまるで中世の昔から時が止まったかのように静まりかえった小さな町に、その日だけは異様に人が溢れ返るのは毎度のことである。
どうせなら今夜だけは、いつもの自分とは全く違う見知らぬ女を演じてみたい-そう思って、めかし込んできた友里奈だった。
そこまで考えた時、友里奈の中で苦い記憶が甦る。
-お前のような、つまらない女、もう懲り懲りさ。
何という屈辱! 友里奈の三年来の恋人にしてフィアンセを奪ったのは、これまた十年来の親友である香(か)恵(え)であった。
香恵が何か相談事があるといって伸吾に時々逢っていたことは知っていたけれど、まさか、それが単なる口実だったとは考えだにしなかったというのが正直なところだ。
-元彼と寄りを戻したがってるようだぜ、彼女。
伸吾はたまに香恵の〝相談事〟とやらを話してくれたし、友里奈も伸吾の話を信じて疑いもしなかったのだが、現実はどうだったのだろう。恐らく伸吾は香恵が嘘をついていると最初から見抜いていて、わざと火遊びを始めたのだ。そして、危険なゲームが気がつけば、後戻りのできない状況になっていたというわけ。
馬鹿らしい。友里奈は余計な物想いを振り切るように、首を振った。いかにも〝良い女〟風の外見からは似合わない仕草は、まるで水からたった今、陸(おか)にあがったばかりのびしょ濡れの犬が体を震わせて水気を飛ばすのにも似ている。
隣の片眼がねの男が驚いたようにこちらを見つめ、肩を竦めるのが判った。友里奈はそんな男の反応には全く頓着せず、ひたすらカボチャの馬車がやってくるのを待った。この夜のために、退職金の半分をはたいてヨーロッパの小さな国-片田舎の町くんだりまで来たのだから。
単なる子供だましの迷信にすぎなくとも、伸吾を忘れられる一つのきっかけになればと思っていた。そう、と、友里奈の小さな面にほろ苦い微笑がひとりでに浮かび上がる。
私はあの卑劣な男にあそこまで虚仮にされたのに、まだあの男に未練があるのだ。
どうせなら今夜だけは、いつもの自分とは全く違う見知らぬ女を演じてみたい-そう思って、めかし込んできた友里奈だった。
そこまで考えた時、友里奈の中で苦い記憶が甦る。
-お前のような、つまらない女、もう懲り懲りさ。
何という屈辱! 友里奈の三年来の恋人にしてフィアンセを奪ったのは、これまた十年来の親友である香(か)恵(え)であった。
香恵が何か相談事があるといって伸吾に時々逢っていたことは知っていたけれど、まさか、それが単なる口実だったとは考えだにしなかったというのが正直なところだ。
-元彼と寄りを戻したがってるようだぜ、彼女。
伸吾はたまに香恵の〝相談事〟とやらを話してくれたし、友里奈も伸吾の話を信じて疑いもしなかったのだが、現実はどうだったのだろう。恐らく伸吾は香恵が嘘をついていると最初から見抜いていて、わざと火遊びを始めたのだ。そして、危険なゲームが気がつけば、後戻りのできない状況になっていたというわけ。
馬鹿らしい。友里奈は余計な物想いを振り切るように、首を振った。いかにも〝良い女〟風の外見からは似合わない仕草は、まるで水からたった今、陸(おか)にあがったばかりのびしょ濡れの犬が体を震わせて水気を飛ばすのにも似ている。
隣の片眼がねの男が驚いたようにこちらを見つめ、肩を竦めるのが判った。友里奈はそんな男の反応には全く頓着せず、ひたすらカボチャの馬車がやってくるのを待った。この夜のために、退職金の半分をはたいてヨーロッパの小さな国-片田舎の町くんだりまで来たのだから。
単なる子供だましの迷信にすぎなくとも、伸吾を忘れられる一つのきっかけになればと思っていた。そう、と、友里奈の小さな面にほろ苦い微笑がひとりでに浮かび上がる。
私はあの卑劣な男にあそこまで虚仮にされたのに、まだあの男に未練があるのだ。
