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仮面舞踏祭~カーニバルの夜に~

第1章 祭りの夜

 腰まで届く丈なす黒髪ここに来る前、ヘアアイロンで十分に裾をカールさせ、巻き髪風にしてきた。胸元の広くカットされた黒のシルクのドレスは丈こそ膝下まであるものの、両脇に深くスリットが入っている。歩く度にスリットから白いすんなりとした脚が見えるだろう。
 乳房が見えるぎりぎりのきわどい部分まで深く刳られたうなじには、大粒のキュビーックジルコニアのネックレスが燦然と輝く。雫型のそれは、友里奈のきめ細やかな肌をさらに魅惑的に見せるのに一役買っているに違いない。
 隣の異国の男が先刻から、自分の方をちらちらと見るともなしに見ていることなど、とうに承知の上だ。
 だが、友里奈は何も見知らぬ異国人の気を引くためにここに来たわけではなかった。いや、今、自分の周囲に何千、何万の男が屯っていようが、友里奈の黒い瞳には誰も映ってはいない。
 彼女が今夜、ここに来たのは、ただ想い出を棄てるためだった。皮肉なものだ。この世界でも有数といわれる仮面舞踏祭には昔から古い言い伝えがある。それは、これが恋の始まりと終わりを司る祭典だというものだった。
 この舞踏会の大元となったのは、かの有名な童話〝シンデレラ〟だというけれど、実のところ、それも定かではないという。とにかくその年この町でに収穫されたカボチャの中で最も大きなものを選び、そのカボチャをこれでもかというほど飾り立てる。それを馬車に見立て、前後左右をシンデレラの登場人物-すなわち、主役のシンデレラ初め、王子、魔法使い、意地悪な継母、姉たち-に扮した人々が取り囲み、町中を練り歩くのだ。
 もちろん、馬の仮面を被った者もいるし、御者役もいる。そして、その仮装行列を見物する人々もすべて思い思いの仮面をつけるのが習わしとなっている。
 このカボチャの馬車が通るときに、馬車が視界から消えてしまわない中に愛の告白をして相手からオーケーの返事を貰うと、二人は永遠に別れないというジンクスがあるという。裏腹に、どうしても別れたい相手がいれば、馬車が通り過ぎるまでに十回その名前をきちんと繰り返して唱えれば、後腐れなしに別れられる-と、まあ、単なる迷信にすぎないような言い伝えがあるのだ。

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