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Melty Life

第5章 本音



 軒先に出てきた女は、想像していたより歳を重ねていた。


「急にお邪魔してすみません。宮瀬あかりです。この住所の方ですか?初めまして」

「初めまして。来須千里です。確認したいことがあって、失礼を承知で僕の方からお邪魔したいと言い出しました。今、お時間良いですか」

「来須……。あのろくでなしの息子?」

「……株式会社◯◯の、長男です」


 いよいよ警戒姿勢を強めた女は、血相を変えた。女の喉から憑かれたような悲鳴が上がる。


 女は、あかり達が訪ねたかった人物の母親だ。


「死ねーーー!!娘の人生を壊しやがって…………父親と一緒に滅びろっっ!!!」

「待って下さ──…彼女、を──…」


「消えろ!!お前も、……お願いだから、私や娘を苦しめないでぇぇ…………」


 成長期を経たばかりの男にしては小柄な来須に掴みかかった女の手は、まるで獲物の臓器を掻き出す爪を生やした獣のそれだ。あかりの目に、今にも彼の肉皮を引き裂こうとしている風に映る。

 奈落から這い出るような悲鳴は、憎悪や悲壮、嫌悪感、あらゆる負の感情を原動力にしているのか。


 思考が麻痺していたくらいでちょうど良かったんじゃないか。麻酔もなしで、この世のものならざる罵倒が耳に響いていたとしたら、あかりは恋仇が怪我を負わないかも案じられなかっただろう。

 あかり達を女の狼藉から庇うよう身体を盾にしていた来須は、せめてあかりの母親を出すよう叫ぶ。


 消えろ。娘の人生と我が家の誇りを返せ。お前の顔なんて見たくなかった。



 十分だ。

 あかりと来須の知りたかった真実は、目前の女の憎悪が証している。

「来須先輩、もう分かった。多分、お爺さんの言ったことは本当……」

「──……」



 逃げるように家を離れた。あかりは来須と駅で別れた。

 来須は自家用車を呼び出して、三人を家まで送り届けると申し出たが、あかりも眞雪も知香も、彼の厚意を辞退した。三人無言で、見慣れない駅の改札を抜けた。


 また夜が降りようとしている。一人になる。本当の一人に。

 ふと土曜の夜が脳裏を掠めた時、駅のホームのベンチに腰を下ろしていた知香が、口を開いた。もう少し帰りたくありません。

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