
Melty Life
第5章 本音
多少世間体に過敏なくらいの家庭なら、多分、珍しくない。来須の方は多少どころか極度にしても、水和の家で見た父親も、少なくとも娘に干渉するタイプに見えた。
つまりあかりのいる家庭は、ごく普通だ。普通ほど曖昧なものはないにしろ、父親がよそで問題を起こしたことはなかったし、母親は彼と咲穂を溺愛している。もしかすれば世間が羨みさえする環境かも知れない。
来須の父親の過失が、あかりには想像つかない。
想像つかなかった。
最近の父親の傲慢を踏まえれば現実的に捉えられるはずなのに、未だ悪い夢でも見ていたのだと思い込んでおきたいのもある。あんな現実はいらない。
不義の本能に従う動物(おとこ)の現実は、いらない。
ということは、顔も知らなければ姓に続く名前も知らない女にとって、あかりは存在してはいけない現実だ。
ただし来須は、女の感情を黙殺してでも、祖父の話を裏づけたがっている。
あかりも同じだ。今日まで暮らした家にとって、自分が他人同然なら、母親の憎悪も父親の狂気も辻褄が合う。咲穂と姉妹らしい思い出がないのにも、肯ける。そして事実なら、少しは常軌を逸していたかも知れない彼らと自分の関係に、疑問をいだかなくて良くなる。
どうせ深く関わることもない相手の顔を見るだけだ。
この現状を頭では単純に処理していくつもりでも、降車する頃、あかりの思考は正常な機能をやめていた。感情は脳神経と連結しているはずなのに、過度な緊張に苛まれると、軋むのは胸だと初めて知った。喩えではなく、本当に疼痛を訴える心臓を庇いたくなる。
思考がぼやけて良かったと思う。
