テキストサイズ

ホントノ私ハ、此処ニイル

第2章 第2話


 わたしはその間、木村さんの手元をじっくり見ていられるように、わざとゆっくりトレーを棚に納めていました。

 マスクを付けているせいで、木村さんの切れ長で涼しげな目元が余計に素敵に見えてきて、隠された口から発せられそうな冷ややかな言葉を勝手に想像して楽しんでしまいます。

 盛り合わせを仕上げた木村さんが手を洗うために勢いよく出した水道の音に我に返りましたが、上司と渡辺さんの電話はあれやこれやとまだ話は続いているようでした。

 もうしばらく時間がかかると踏んだわたしは、木村さんの包丁が今日一日の役割を終えたのを見届けると、精肉部門へ納品しに行く旨を告げて作業場を出ました。

 電話のおかげで刺身包丁は見ることができましたが、時間も時間でしたので残念ながら精肉部門の牛刀は、すべて静かに殺菌灯の青い光に包まれていました。

ストーリーメニュー

TOPTOPへ