
氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第3章 幻の村
「裏切り者がいたんですよ。見返りに役所の長官宅のお抱えの医者に取り立ててやるとか何とか言われて、村を売ったんです。その男が役人たちを手引きしてここまで連れてきました。祖母が俺に村を出ろと言ったのは、役人の来る前日のことでしたよ」
「お祖母さまは一緒ではなかった?」
「祖母は既に病にかかっていましたからね。それに、たとえ病ではなかったとしても、年寄りが住み慣れた山を降りて都で暮らすのは難しかったでしょうね。まあ、都まで無事に辿り着けたかどうかも判りません」
「お気の毒に、最後まで村に残った人たちは、皆、病気にかかっていたのね」
「いいえ、そうではありませんでしたよ」
トンジュの応えに、サヨンは眼を剥いた。
「何ですって? じゃあ、元気な人もいたのね」
当然のように彼は頷いた。
「俺だって、その一人でしたから。都を出る前に俺たちが立ち寄った酒場の女将は、村滅亡のほんの数年前に、村を出ていったんです。まだ幼い一人娘を連れてね」
「そうだったのね」
トンジュと女将は本物の母子そのものに見えた。既に滅びた村の貴重な生き残り同士だというのなら、単なる知り合いという以上に強い絆で結ばれているのにも納得がいった。
「でも、役人が来ることが判っていたのに、誰一人、逃げようとはしなかったの?」
「最後まで病にかからなかった者だって、僅かながらいました。けど、この住みやすい村を出て暮らしてゆくには、ここの村人たちはあまりに善良すぎたんです。ここで生まれた者はここ以外しか生きていく場所はありませんでした。俺の祖母が村を出なかったのと同じ理由です。酒場の女将は人一倍生きる意欲に溢れ、逞しかった。あの人は唯一の例外ですよ」
「では、役人は健康な村人まで焼き殺したの?」
「ええ」
トンジュは淡々と頷いた。
「病にかかっていない者も、既に寿命の尽きかけている者も容赦なく焼き殺されました。家々に役人たちが次々に外から油をかけていって、火をつけるんです。小さな村がすべて焼き尽くされるのに、ものの一刻もかかりませんでしたっけ」
トンジュの抑えた口調は、できる限り冷静に話そうと努力しているのが判った。
「お祖母さまは一緒ではなかった?」
「祖母は既に病にかかっていましたからね。それに、たとえ病ではなかったとしても、年寄りが住み慣れた山を降りて都で暮らすのは難しかったでしょうね。まあ、都まで無事に辿り着けたかどうかも判りません」
「お気の毒に、最後まで村に残った人たちは、皆、病気にかかっていたのね」
「いいえ、そうではありませんでしたよ」
トンジュの応えに、サヨンは眼を剥いた。
「何ですって? じゃあ、元気な人もいたのね」
当然のように彼は頷いた。
「俺だって、その一人でしたから。都を出る前に俺たちが立ち寄った酒場の女将は、村滅亡のほんの数年前に、村を出ていったんです。まだ幼い一人娘を連れてね」
「そうだったのね」
トンジュと女将は本物の母子そのものに見えた。既に滅びた村の貴重な生き残り同士だというのなら、単なる知り合いという以上に強い絆で結ばれているのにも納得がいった。
「でも、役人が来ることが判っていたのに、誰一人、逃げようとはしなかったの?」
「最後まで病にかからなかった者だって、僅かながらいました。けど、この住みやすい村を出て暮らしてゆくには、ここの村人たちはあまりに善良すぎたんです。ここで生まれた者はここ以外しか生きていく場所はありませんでした。俺の祖母が村を出なかったのと同じ理由です。酒場の女将は人一倍生きる意欲に溢れ、逞しかった。あの人は唯一の例外ですよ」
「では、役人は健康な村人まで焼き殺したの?」
「ええ」
トンジュは淡々と頷いた。
「病にかかっていない者も、既に寿命の尽きかけている者も容赦なく焼き殺されました。家々に役人たちが次々に外から油をかけていって、火をつけるんです。小さな村がすべて焼き尽くされるのに、ものの一刻もかかりませんでしたっけ」
トンジュの抑えた口調は、できる限り冷静に話そうと努力しているのが判った。
