
氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第3章 幻の村
「声を大にして言わなくて良いですよ」
「ごめんなさい」
サヨンは謝ると、小首を傾げた。
「今までトンジュをそんな風に見たことがなかったし」
「つまり、俺は男の中には入らないと?」
「はっきり言うのね。でも、言いにくいけれど、あなたの言うとおりかもしれないわ。私は子どもの頃から、お父さまの決めた相手と結婚するんだと信じてきたの」
「下男との結婚なんて、選択肢には入らなかったんですね」
「トンジュったら、皮肉な言い方ばかりしないで」
サヨンは恨めしげに言い、うつむいた。
「サヨンさま。それでは、これから始めませんか?」
「これから始める?」
サヨンのつぶらな瞳に、トンジュが優しく微笑みかけた。
「俺という男をもっとよく見て下さい。俺はこう見えても、そう悪い男ではないつもりです。鼻持ちならないように聞こえるでしょうが、あなた以外の女には結構モテたんですから。俺を好きになってみませんか?」
「別に鼻持ちならないなんて思わないわよ。私の屋敷でも、あなたは若い侍女たちに人気があったもの。ミヨンなんて、あなたが風邪を引いただけで、天地が引っ繰り返ったように大騒ぎしていたわ」
クスリと笑みを洩らすサヨンを見るトンジュの顔は複雑そのものといった感じである。
「ねえ、ミヨンのような娘はどう思う? あの娘は働き者だし、良い奥さんや母親になるわ」
「サヨンさま」
トンジュがサヨンを見つめる。ほんの一瞬、あの瞳―思いつめたような烈しいまなざしがサヨンを囚える。
サヨンは俄に欲望を宿し始めた瞳に気圧された。
「言っておきますが、他の女を俺に勧めて、自分が逃げようとするのだけは止めてくれませんか。俺だって男だ、誇りを持っています。あなたに俺を好きになれと無理強いはできないが、惚れた女から、これだけは言って欲しくない言葉はあるんです」
トンジュはサヨンから顔を背け、呟いた。
「さもないと、俺だって、いつまで自分を抑えきれるか自信はない」
そのまなざしのあまりの昏さに、サヨンの中で再び先刻の恐怖が甦った。
「ごめんなさい」
サヨンは謝ると、小首を傾げた。
「今までトンジュをそんな風に見たことがなかったし」
「つまり、俺は男の中には入らないと?」
「はっきり言うのね。でも、言いにくいけれど、あなたの言うとおりかもしれないわ。私は子どもの頃から、お父さまの決めた相手と結婚するんだと信じてきたの」
「下男との結婚なんて、選択肢には入らなかったんですね」
「トンジュったら、皮肉な言い方ばかりしないで」
サヨンは恨めしげに言い、うつむいた。
「サヨンさま。それでは、これから始めませんか?」
「これから始める?」
サヨンのつぶらな瞳に、トンジュが優しく微笑みかけた。
「俺という男をもっとよく見て下さい。俺はこう見えても、そう悪い男ではないつもりです。鼻持ちならないように聞こえるでしょうが、あなた以外の女には結構モテたんですから。俺を好きになってみませんか?」
「別に鼻持ちならないなんて思わないわよ。私の屋敷でも、あなたは若い侍女たちに人気があったもの。ミヨンなんて、あなたが風邪を引いただけで、天地が引っ繰り返ったように大騒ぎしていたわ」
クスリと笑みを洩らすサヨンを見るトンジュの顔は複雑そのものといった感じである。
「ねえ、ミヨンのような娘はどう思う? あの娘は働き者だし、良い奥さんや母親になるわ」
「サヨンさま」
トンジュがサヨンを見つめる。ほんの一瞬、あの瞳―思いつめたような烈しいまなざしがサヨンを囚える。
サヨンは俄に欲望を宿し始めた瞳に気圧された。
「言っておきますが、他の女を俺に勧めて、自分が逃げようとするのだけは止めてくれませんか。俺だって男だ、誇りを持っています。あなたに俺を好きになれと無理強いはできないが、惚れた女から、これだけは言って欲しくない言葉はあるんです」
トンジュはサヨンから顔を背け、呟いた。
「さもないと、俺だって、いつまで自分を抑えきれるか自信はない」
そのまなざしのあまりの昏さに、サヨンの中で再び先刻の恐怖が甦った。
