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氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第3章 幻の村

「あなたは確か、言ったわよね。昔、この辺りに住んでいたから、森のこともよく知ってるって」
 それは、どうしても知っておきたいことだった。トンジュがここに―森の中に突如として出現した広場に自分を連れてきた時、サヨンの中で閃くものがあったのだ。
 彼がここでサヨンと暮らそうとしたという決意、この辺りで生まれ育ったと打ち明けたこと、いずれもが深い意味合いを持っているのではないか、そんな気がしてならなかった。
「トンジュ、もしかして、あなたが私と一緒に暮らそうと言ったこの場所は、あなたの故郷ではないの?」
 トンジュが微笑んだ。
 優しい笑みだ。もう、いつものトンジュに戻っている。こうして穏やかに語らっていると、この男が欲望を露わにして襲いかかってきたことが信じられない悪夢のように思えてくる。
「流石はサヨンさまだ。俺が見込んだ女だけはある。どうして判ったのですか?」
「何となくよ。氷華や天上苑の伝説、更には、あなたがこの辺りで生まれ育ったという話を関連づけて考えてみたの。決め手は、ここよ」
「ここ? 今、俺たちがいる場所ですか?」
「そう。あなたにとって、とても大切な場所だから、あなたが私をここに連れてきたのではないかと思った。もちろん、ここが人目につきにくくて、私が容易に逃げ出せない場所だからということもあるでしょうけどね」
「参ったな。あまり頭の良い女を妻に迎えるのも考えものですね」
 トンジュが笑いながら言う。
「だったら、考え直してちょうだい。私は我が儘だし、気も強いから、トンジュがきっと後で後悔するわよ。あなたにはもっと優しくてお淑やかな女のひとが似合うと思うんだけど」
 サヨンが一抹の期待を込めて言ってみても、トンジュはまともに取り合わない。
 ここで、サヨンはトンジュに頼んで、膝から降ろして貰った。自分への恋情をここまで隠さず表している男。その男の胸に抱かれているのは正直、心苦しくもあり抵抗もあった。
 トンジュは束の間、さっと端正な顔を翳らせたものの、すんなりと解放してくれた。
「サヨンさまは、そんなに俺が嫌いですか?」
「そういうわけではないの。あ、だからといって、好きというわけでもないのよ」
 慌てて言うのに、トンジュが苦笑した。

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