テキストサイズ

氷華~恋は駆け落ちから始まって~

第5章 彷徨(さまよ)う二つの心

が、流石にトンジュ自身の処方だけあって、薬は確実に効いた。もちろん、十八歳という若さが早い回復に繋がったともいえるだろう。六日めには熱も下がり、十日めには床から出て普通の暮らしに戻った。
 そうはいっても、まだ無理はさせられない。トンジュは大丈夫だと言い張るが、折角塞がりかけている傷口が開きでもしたら一大事である。そこで、サヨンがトンジュの代わりとして薬草を売りに町まで行くことになったのだ。
 トンジュは病み上がりの我が身よりもサヨンの身をしきりに案じた。食糧にせよ何にせよ、ひと月分くらいの蓄えはある―と、直前までサヨンに思いとどまるように言った。
 だが、サヨンの目的は薬草を売ることだけではなかった。折角、仕上がった刺繍入りの巾着を小間物屋に持っていって売り物になるかどうか見て貰おうと考えていたのである。
 むろん、トンジュにはそのことも正直に打ち明けた。
 山を下り、山茶花村を通り過ぎて町に着いたときには、既に昼前になっていた。サヨンは休む暇もなくトンジュがいつも薬草を卸している薬屋を訪ねた。
 薬屋の主人は五十年配の小柄な、いかにも人の好さそうな赤ら顔の男だった。
「うへえ、あの若さで所帯持ちとは聞いていたけど、こいつア、たまげた。えらい美人の嫁さんだなぁ」
 薬屋は町の目抜き通りに露店を出していた。お世辞にしては随分と大仰に愕き騒いでいる店主に薬草を渡し、その分の代金を貰う。そのお金で今度は様々な店を覗いて、生活に必要な物、足りない物を買ってくるのだ。
 薬屋の主人に丁重に挨拶した後、色々と店を見て回った。その中の一つに木彫りの細工品を扱う店があった。むろん、軒を並べた露店である。しかし、店先に並んだ様々な品は安価な割には品も良く、サヨンは温もりのある木肌の手触りが気に入った。
 聞けば、これらの品々はすべて店の主自らが一つ一つ手作りしたものだという。
「安くしとくから、どう?」
 と、商売上手らしい主人の女房に言われ、つい買ってしまった。サヨンが女房から品物の包みを渡されるときも、主人はむっつりと煙草をふかしているだけだった。
「うちの人って、本当に愛想なしでしょ。あの人に店を任せといたら、一日も商売が続かないから、あたしがこうやって、お客さんの応対をしてるの」

ストーリーメニュー

TOPTOPへ