
氷華~恋は駆け落ちから始まって~
第5章 彷徨(さまよ)う二つの心
サヨンが求めたのは木彫りの人形であった。鴛鴦(おしどり)を象っており、雌と雄で一対になっている。昔から鴛鴦は夫婦円満の象徴で、婚礼には必ず用意する縁起物でもあった。
「お前さん、もしかして、新婚?」
喋り好き(いささか喋りすぎの感がないでもない)の女房は鴛鴦を買ったサヨンに問うてきた。
まあ一応、そういうことにもなるのかと曖昧に頷いたら、おまけだといって猿のようなよく判らない小さな置物までくれた。
「これは子宝を授かるおまじない。あたしの娘のところもなかなか子どもができなくてさ、亭主の作ったこれと同じものをやったら、あんたそれが授かったんだよ。しかも男の子。二番目ももうじき生まれるんで、効き目はあると思うね。これはお買い得じゃなくて貰って損はないよ」
〝はあ〟とも何とも返事のしようがないサヨンと朗らかに喋る女房を良人が煙草をふかしながらギロリと睨んでくる。
「いけない、また喋りすぎちまったみたいだ」
女房がちろりと舌を出す。
「それじゃあ、私はこれで失礼します」
サヨンはそそくさとその場を離れた。
鴛鴦の置物を見た途端、欲しくなった理由は他でもなかった。トンジュと自分はまだ祝言らしいものを挙げていなかったからだ。これを見せたら、トンジュは何と言うだろうか。
余計なものを買ったと怒るのだろうか、それとも、優しい笑顔を見せてくれるだろうか。
あの猿の置物は―。そこでサヨンは首を振った。駄目だ、見せられない。子宝を授けるおまじいかどうかは知らないけれど、これは何だとトンジュに訊かれて応えるのは恥ずかしい。
子ども、子ども、と、サヨンは考えた。これまで自分が誰かの妻となり子を産むなんて、考えたこともなかった。でも、考えてみれば、男と女が祝言を挙げて床を共にするようになれば、子どもは生まれる。
そこで、サヨンはハッとして、紅くなり蒼くなった。もしかして、もしかして、自分自身にもその可能性はあるのだろうか―? 半月前、トンジュはサヨンを幾度も抱いた。あの時、新しい生命が自分の胎内に宿ったかもしれないのだ。
とても不思議な気分であったが、嫌だとは少しも思わなかった。むしろ、心のどこかでは、そうなっていて欲しいと願う自分がいた。トンジュによく似た愛らしい男の子を腕に抱いている自分というものを思い描くのは愉しかった。
「お前さん、もしかして、新婚?」
喋り好き(いささか喋りすぎの感がないでもない)の女房は鴛鴦を買ったサヨンに問うてきた。
まあ一応、そういうことにもなるのかと曖昧に頷いたら、おまけだといって猿のようなよく判らない小さな置物までくれた。
「これは子宝を授かるおまじない。あたしの娘のところもなかなか子どもができなくてさ、亭主の作ったこれと同じものをやったら、あんたそれが授かったんだよ。しかも男の子。二番目ももうじき生まれるんで、効き目はあると思うね。これはお買い得じゃなくて貰って損はないよ」
〝はあ〟とも何とも返事のしようがないサヨンと朗らかに喋る女房を良人が煙草をふかしながらギロリと睨んでくる。
「いけない、また喋りすぎちまったみたいだ」
女房がちろりと舌を出す。
「それじゃあ、私はこれで失礼します」
サヨンはそそくさとその場を離れた。
鴛鴦の置物を見た途端、欲しくなった理由は他でもなかった。トンジュと自分はまだ祝言らしいものを挙げていなかったからだ。これを見せたら、トンジュは何と言うだろうか。
余計なものを買ったと怒るのだろうか、それとも、優しい笑顔を見せてくれるだろうか。
あの猿の置物は―。そこでサヨンは首を振った。駄目だ、見せられない。子宝を授けるおまじいかどうかは知らないけれど、これは何だとトンジュに訊かれて応えるのは恥ずかしい。
子ども、子ども、と、サヨンは考えた。これまで自分が誰かの妻となり子を産むなんて、考えたこともなかった。でも、考えてみれば、男と女が祝言を挙げて床を共にするようになれば、子どもは生まれる。
そこで、サヨンはハッとして、紅くなり蒼くなった。もしかして、もしかして、自分自身にもその可能性はあるのだろうか―? 半月前、トンジュはサヨンを幾度も抱いた。あの時、新しい生命が自分の胎内に宿ったかもしれないのだ。
とても不思議な気分であったが、嫌だとは少しも思わなかった。むしろ、心のどこかでは、そうなっていて欲しいと願う自分がいた。トンジュによく似た愛らしい男の子を腕に抱いている自分というものを思い描くのは愉しかった。
