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『untitled』

第5章 赤いシクラメン

ピンポーン…

来客を告げるチャイムが鳴り響き目を開けると、バスローブの紐はまだ解かれてはいなかった。

「もー、いい所なのに……」

髪を手で掻き上げると、後ろを振り返りドアを見つめる。

ピンポーン…ピンポーン…

「しつこいわねぇ、ちょっと待ってて」

ニコッと微笑んだ後、頬をスルりと撫でら全身が総毛立つ。

「はーい、なんですか?」

この後の事を想像して嬉しいのか、ドアに向かって行く足取りは軽い。

こっちの気持ちは落ちていくばかり。

何とか今のうちに逃れる方法を考えないといけないけど、熱に浮かされて頭も回らない。

何とか誰かに助けを求めないと……

誰かって言っても俺には翔しかいない。

『潤』

俺の名前を優しく呼ぶ翔の笑顔が浮かんだ。

その顔はマネージャーとしての櫻井翔じゃなくて、俺の恋人の櫻井翔。

初めてだよ……翔に助けて欲しいって思ったの。

「大変、申し訳ありません」

聞こえて来たのはさっきルームサービスを届けに来たスイート専用のバドラー。

「さっきのワインなんですか、こちらのミスでお届けするお部屋を間違えてしまいまして」

「そうなの?でも、飲んじゃったわよ。だから、もう帰って……」

「実は注文されたお客様の娘さまが二十歳の誕生日で、さっきお渡ししたのは生まれた年のワインなんです。その年のワインは少なく、別にご用意できるものがなく……もしよろしければ一杯だけ、頂けないでしょうか?」

「面倒くさいわね……」

話が長くなりそうな気配に俺は気怠い身体を動かして、ポケットに入れてあったスマホを取り出した。

なんだ……これ。

画面にはサイレントにして気付かなかった大量の着信とメッセージの数。

今しかない。

きっと俺から着信を……待っているはず。

スマホをタップして耳に当てて呼び出し音を聞く。

翔……出てくれ!

すると反対の耳から俺の大好きな音楽が小さく聞こえて来た。

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