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僕ら× 1st.

第7章 伊織帰 --Ior,Kn,Ar

最初は、室内に入った柊兄の頭部だけを目を細めて注視する。

ああ、やっぱりそういう部屋なんだな……。
ここはもう、覚悟を決めよう。
足手まといの木偶の坊にはなりたくない。
まずはこの環境に慣れなければ。

心のフンドシを締めなおした僕の目に映ったのは、赤い水たまりに高吸水性高分子のシートを広げる柊兄。

ここで何があったんだろう…。

横たわる2つの大きな塊には、すでにシートがかぶせてある。
壁や床には引っかいた跡が何すじも……。

ううっ。

そのすさまじさに、気がとおのきかけた頭を振るけど、これは……。
気合い充分だったはずの僕は、現実を直視するのをためらった。

武士のカガミと称された鳥居元忠の血天井を思いだす。
実物かどうかは他として、君主のために生命を張った先人は、目的を果たしたことで満足か?
名を残し、後世において掘りさげられることに何の意味があるのだろう?
そして、そのもとには名もなき多くの血が流れているんだ。

間際まで苦しんだんだろうな……。
それでも幸せだったんだろうか?

死を避けられないものと悟った時点で、すべての苦痛から解放されればいいのに。
多幸感に包まれて逝くことができればいいのに。

僕と彼女にも終末は来るんだろうな……。
できれば一緒に、永遠を感じて幕を閉じたい。
彼女を腕に抱きながら、その瞬間まで見つめあって。

「くっそ、ゲスどもが…」

と、塊のひとつに突き刺さっている数本の異物を取りのぞく柊兄の声に我にかえる。

"ここはスペイン。今日は陽気なラ・トマティーナ(トマトのお祭り)"と僕は自分を騙しながら、充分に機能した重たいシートの回収を始める。

凝固の進んだ水たまりは、ヌルタプっとしていてその感触は吐き気を誘発させた。

「そっち、あとでいいから。これ運ぶぞ。外の空気を吸いに行こうぜ?」

柊兄に歩みより、箱詰めを手伝う。
まず大きめの1体を座らせて、そしてもう1体を。

精一杯守ろうとしたことだろう。

「がんばったな……」

そう声をかけて柊兄は箱を閉じる。

いったん装備を解いた僕らは、台車ごと軽トラに乗せて山守のもとへ直行した。

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