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エレベーターにて……

第1章 夢、風鈴、迷子は、終わったって!?

 太丸は前に出していた両手を下げ、静かに項垂れた。

「あの……さっき電話で警察にかけました。助けが来るまで、私と距離をおいてください」

 とは、いうものの、足を伸ばせばすぐに当たるほどの狭い空間。

 太丸がなにかしようものなら、由留衣には逃げ場がない。警察が来るまで、気が許せない。

 太丸はうつむきながら、ウンウンと頭を揺らす。

「お嬢さん、わしは……いや、私は、なにもしませんよ。ただ、私は今まで女性とのお付き合いというものが、無かったもので……」

 少しでも紳士でいようと、気を張って、わしから私に言い換えた。

「独身なんですか?」

 由留衣は警戒しながら、言葉を交わす。

「実は、恥ずかしながらそうなんです。退屈しのぎに聞いてください。今まで私は、出会いというものに、まったく廻り合うことが、無かったのです。内気な性格なためか、女性に声をかけることも出来ずに……高校生の頃でしたか、私が教えを受けていた女の先生に恋をしたんですが、もちろん片想いです。その先生とあなたが、とてもよく似ていたものでして……内に秘めていた欲求がつい口に出てしまいまして……」

「なんの科目の先生だったんですか?」

「たしか、科学を教えてくれてましたな……名前が……叉尾平子(またおひらこ)」

 その名前を聞いた由留衣は、目を大きく開いた。

「え……その名前……」と声を詰まらせる。

「どうされました?」

「それ……私のお婆ちゃんの名前です」

「ええっ!!」

 太丸は驚きのあまりに、曲がりかかった背中をバキッと伸ばした。

 そして、まじまじと由留衣を舐めるように見ながら言った。

「では、あなたは……叉尾先生の……お孫さん?」

「玄孫になります」

「え、え、え、ひ孫の次っすか!?」

「あまり難しく考えないでください。その方のひ孫にあたる16歳の方が、私の父と結婚したんです」

「ん……ああ、ん? なんか、ややこしい関係なんですな。すると、下賀さんとは、直接的な血の繋がりはないのじゃな?」

「まあ、そういうことです」

「よかったです」

 なにがどうよかったのかは、太丸にしかわからなかった。

 だが、太丸はここにきて、自殺行為に匹敵するほどの決心を決めた。

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