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原稿用紙でラブレター

第5章 青いハートに御用心






浮かんでくる疑問を問いたいと思っても、未だ神妙な顔で押し黙ったままの大野先生を見ていたらそれも出来なくて。


膝に置いた拳をぎゅっと握り直した時、"結局…"と切り出した小さな声がまた沈黙を破った。


「守ってやろうって思ってたのに…俺のしたことはアイツを苦しめてただけだったんだよな…」


そう静かに告げられた言葉。


その弱々しい響きに、俺の知り得ない想いが乗せられているようで胸がきゅっと締め付けられる。



こんな大野先生は今まで見た事がなかった。


いつものんびり飄々としていて、たまに何を考えてるか分からなかったり。


でも他人に対しての変化には凄く敏感で、生徒のことは本当によく見ているし。


だから…そんな大野先生が知念くんの想いに気付かないはずがないんだ。


なのに向き合うことが出来なかった理由が他に何かある、ってこと…?


ふいに相葉くんが大野先生の話をしてきたことを思い出して。


大野先生は自分のことを一切話さない人。


ましてや恋愛関係のことなんてただの一度も聞いたことがなかった。


それなのに。


"そういう恋愛は誰もが上手くいくもんじゃない"


…って、真剣に相葉くんにそう言ってくれた大野先生の本心は…



「あの、先生…」


衝いて出た呼び掛けに俯いていた顔がふと上がる。


「どうして…知念くんの気持ちに向き合わなかったんですか…?」

「……」

「ぁ、いえ…
向き合えなかった何かが…あるんですか…?」



聞いてもいいかな…


いや…聞かせてください。



途切れながら問い掛けた言葉に、大野先生は一度深く息を吐いて。


しばらくの間を置いて、少しだけ緩んだ口角でこちらを見た。


「…こんなの人に話すの初めてだわ。ちゃんと覚えてっかな…」


ふふっと小さく笑って頭をぽりぽりと掻く仕草。


照れ隠しのようなそれに纏う空気が少しだけ和らいだ気がした。


授業のない今日は廊下もグラウンドも静まり返っていて。


壁掛け時計の秒針の音が切り出すタイミングをカウントしているよう。


「俺な…」


その音に押されるように、大野先生の小さな呟きが耳に届いた。

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