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君が桜のころ

第2章 花影のひと

「凪子さん、久しぶりだね」
朝霞は少々馴れ馴れしく凪子に近づき、凪子の細い腰に手を回し、頬に欧米式にキスをした。
傍にいた慎一郎の美しい眉が一瞬、神経質そうに潜められた。

朝霞公彦は慎一郎の学生時代の同級生で、帝大の経済学部の教授でもある。
同級生で同僚と言うことで今回招待したのだが、浮ついた噂が多く艶聞家で軽薄な朝霞を慎一郎は余り好きではなかった。
凪子は朝霞に鷹揚に微笑み、キスに応える。
「…朝霞様、ご無沙汰しております。本日はようこそお越しくださいました」
「社交界の美しきプリンス、九条慎一郎の麗しき奥方に一目お目にかかりたくて参りましたよ。…これはこれは!正に美男美女のカップルだ。…眼福とはこのこと。
…九条、君は果報者だな。凪子さんのように才色兼備で…その上、妖艶な奥方を娶られるとは…つくづく羨ましいよ」
慎一郎は唇のみに笑みを浮かべる。
「ありがとう。…私もそう思うよ。凪子さんのように美しく魅惑的な女性は他にはいないからね」
そして、朝霞を牽制するように凪子の手を取り、レースの手袋越しにくちづけした。
凪子の隣にひっそり控える綾佳は切なげに俯く。
朝霞は口笛を吹き、面白がるように言った。
「これは…!当てられるなあ。…そうだ。九条、凪子さん。実は今日、急遽なのだが私の友人を連れて来たのだよ。事後承諾だが良いかな?」
慎一郎は頷く。
「もちろんだ」
朝霞は清賀を九条夫妻に紹介する。
「私の友人の清賀礼人だ。貿易商をしている。爵位は侯爵…だが長年の海外暮らしで日本にはついこの間、帰ってきたばかりだから、社交界でも知る者は少ないだろう」
清賀は堂々とした体躯をし、やや日本人離れした華やかな容貌に笑みを浮かべ、洗練された物腰で慎一郎に握手を求める。
「初めまして、九条公爵。ご招待もなくお伺いしたご無礼をお許しください。久しぶりの日本で華やかなお披露目会が開かれるとのことで、どうしてもお美しい新婚のご夫妻にお目にかかりたく、無理を申しました」
清賀の挨拶は一分の隙もなく、また好感の持てるものだったので、慎一郎は笑顔で握手に応える。
「とんでもない。お越し下さり嬉しいですよ。清賀侯爵。妻の凪子です」
隣の凪子を紹介する。
凪子は如才なく話しかける。
「初めまして…ですわね?清賀様。ようこそいらっしゃいました」
清賀は凪子の手を握り、にこやかに笑った。




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