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君が桜のころ

第2章 花影のひと

一階のホールでは招待客が皆、一斉に凪子と綾佳を注目している。
綾佳が緊張から堪らずに俯くと、凪子が強く手を握った。
そして耳元で囁く。
「…大丈夫、綾佳さん。貴女は綺麗よ。ここにいる誰よりもお美しくて魅力的…だから堂々と胸を張って」
綾佳は凪子を見つめる。
「…お義姉様…」
凪子も綾佳に笑いかけ、階段を共に降り始める。
人々が注視する中、凪子は語り続ける。
「…私は綾佳さんに誰よりも美しく輝いていただきいの。…貴女はダイヤモンドの原石なのよ…」
「…私は…」
凪子の手を強く握り返す。
「…私は、お義姉様を愛していますわ…。例えお兄様がいらしても…ずっと…お義姉様だけを愛し続けるわ…」
凪子は綾佳の顔をじっと見つめたが、もう答えることはなかった。
フロアに着いたのだ。
凪子は慎一郎の側にゆき、招待客の一人一人と優雅に挨拶をし、愛情深く綾佳も紹介した。
綾佳はやや強張った顔をしながらも一生懸命に挨拶をする。

「綾佳ちゃん!綺麗だよ!」
陽気な声を上げながら、春翔が駆け寄る。
「春翔さん!」
親しい春翔を見つけ、綾佳はほっと安心したように笑った。
春翔の後ろには春翔の友人達で、慎一郎のゼミの学生達が、綾佳の浮世離れした無垢な美しさに魂を抜かれたように呆然と見つめていた。
しかしすぐに春翔を揺さぶり
「…おい、一之瀬!俺たちにも紹介してくれ!」
とねだる。
春翔はわざともったいをつけて
「…ん〜、どうしようかなあ〜。綾佳ちゃんをお前達に紹介するのはなんだかもったいないなあ〜」
と焦らす。
「なんだよ、一之瀬!お前ばっかりズルいぞ!」
と小競り合いをし始めた。
綾佳は思わず、小さく笑った。
その笑顔は見る者の胸をときめかすに充分な可憐さであった。

場所を広間に移し、慎一郎・凪子夫妻と綾佳を中心に賑やかに談笑が交わされる中、遅れて到着した二人の紳士がいた。
そのうちの一人は、広間に着くやいなや熱く強い眼差しで綾佳を凝視する。
「…あのご令嬢が九条綾佳さんか…」
そして、連れの紳士に話しかける。
「…朝霞、私にあのお嬢さんを紹介してもらえないか」
朝霞と呼ばれた紳士は綾佳を見遣り、ふっと笑う。
「…お安い御用だ。さすがに清賀はお目が高いな。さあ、行こう。…私も凪子さんに会うのは久々だ。…楽しみだよ」
二人の紳士はゆっくりと話の輪の人物達へと歩みだしたのだった。

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