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君が桜のころ

第2章 花影のひと

千客万来、続々と玄関ホールに集まる招待客に挨拶しながら、慎一郎はしみじみとした気分になる。
今日は自分の大学関係者と学生時代の友人達、そしてゼミの学生など気の張らない招待客ばかりだが、それでも正装した来賓が次々に現る様子は圧巻で、かつての九条家の栄光を垣間見るようだった。
…父が中国の上海で客死し、母も数年前に亡くなり…それ以来、時が止まったような屋敷だった…。
それが…
凪子が輿入れしてからというもの、九条家はすっかり明るさとかつての栄誉や華やかさを取り戻しつつあった。
…もちろんそれは、凪子の莫大な持参金によるものも大きかったが、それだけではない。
凪子の華やかなオーラ、賢明さ、視野の広さ、大胆な決断力など、彼女自身の才能や行動により九条家が再び輝き出していると言っても過言ではなかった。
…第一、あの世捨て人のような生活を送っていた綾佳を離れから連れ出し、外出させ、今日のように多くの人前に出ることを承諾させたことが慎一郎には奇跡に思えたからだ。
慎一郎の学生時代の友人が冷やかす。
「…凪子さんはどこだ?一之瀬凪子さんと言えば才色兼備、おまけに大変進歩的な新時代のレディと評判だからな。お前と結婚すると聞いた時には凪子さんの信奉者達はショックの余り寝込んだらしいぜ」
慎一郎は苦笑する。
「もう間もなく来るよ。…妹の支度を見てくれているらしい…」
もう一人の友人が驚いた顔をする。
「妹?…あの…ずっと閉じこもっておられた妹さんか?…パーティに出席できるのか!」
「…あ、ああ…凪子のおかげでなんとか…ね…」
友人が陽気に肩を叩く。
「良かったじゃないか!…噂では大層美しい妹さんと聞く。…美人妻といい、九条は果報者だな」

…と、その時、騒めいていたホールが一瞬にして静まり返った。
大階段の上から、綾佳の手を取りながら凪子が現れたのだ。
凪子の辺りを払うようなクイーンを思わせる威厳と成熟した大人の美しさと、綾佳の咲き始めたばかりの可憐な花のような美しさと、それぞれ異種な美の競演を目の当たりにして、招待客は思わず息を飲み、それからうっとりと、暫し見惚れるしかなかったのだ。

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