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君が桜のころ

第2章 花影のひと

その夜、綾佳は凪子の支度部屋で目をきらきら輝かせて話しかける。
「今日はすごく楽しかったわ!お母様の天婦羅、ほっぺが落ちるほど美味しかった!」
…まるで初めての遠足帰りの子供みたいだ。
凪子は微笑みながら綾佳の手を握ってやる。
「そう…。母も喜んでいたわ。綾佳さんが美味しいってたくさん召し上がって下さった…て」

…ほんまに可愛いお姫さんやねえ…。
可愛らしゅうて、純粋で…。
凪子、あんたのことをほんまのお姉さんみたいに慕ってはるわ…。
…今まで、ほんまにお寂しかったんやなあ…。いじらしいお姫さんやわ…。
母が春翔と彌一郎と庭を散策する綾佳を見ながらそっと呟いていた。
「…ええ、いじらしくて可愛いわ…」
綾佳は春翔が飼っている柴犬を撫でながら弾けるように笑っていた。
春翔と彌一郎はその笑顔に心が蕩けさせられる…。
…本当に可愛い方…。
凪子の胸の中が白湯を飲んだ後のように温かくなる。

「お義姉様、私に御髪を梳かせて」
凪子の手からヘアブラシを受け取り、凪子の髪を梳かし始める。
「…お義姉様の御髪、綺麗…」
凪子の髪は長く艶やかで緩くウェイブがかかっている。
パリで人気のサロンでパーマをかけたのだ。
「…いい匂い…」
綾佳は凪子の髪を手に取り、頬に寄せる。
甘い疼きが凪子の身体の奥に走る。
「…綾佳さん」
凪子は綾佳のしなやかな手を自分の豊かな胸に当てる。
綾佳の手が一瞬、びくりと震える。
「…今日の外出を綾佳さんが楽しんで下さって良かったわ」
「…え、ええ…お義姉様…」
「…私と慎一郎さんのお披露目のお茶会、再来週に催すことにしたわ」
「…そう…ですか…」
凪子は鏡越しに綾佳を見つめ、笑いかける。
「そんな不安そうな顔をなさらないで。
…きっとまた綾佳さんの世界が広がるわ」
綾佳はスツールに座る凪子の足元に跪き、その白いシルクのナイトウェアの膝に頬を押し当てる。
「…私の世界にはお義姉様がいてくださればそれでいいわ…」
凪子は眼を見張る。
「…綾佳さん…」
「…お義姉様さえいてくだされば…他には何もいらないの…」
潤んだ熱い眼差し…。
凪子は思わず、綾佳の頬に触れようとする…。

「凪子さん、もう寝もう…」
隣室から慎一郎の声が聞こえた。
二人の濃厚な視線は夢のように途切れる。
「…はい、今まいりますわ」
凪子はジャスミンの香りのみを残して支度部屋を後にした。

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