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僕は君を連れてゆく

第37章 背中合わせ

◆◆◆


「…ん!二宮さん!」

「え?あ!?なに?」

肩を叩かれ椅子から転げ落ちそうなった。

「新規のお客様です。お願いします。」

昨日はいつ寝たのか。
きちんと会社にきてしまう自分に笑える。
起きたら潤はもういなかった。

昨日の顔。
うんざり、めんどくさいって顔だった。


「お待たせ致しました…って!え?櫻井さん?」

「えぇ!松本の?ここなんだ?そうなんだー!」

新規のお客様は潤の同僚の櫻井さんだった。
知ってる人だし、なんかこの人、優しいオーラが出ててすごく、安心する。

「じゃぁ。こちら書いてもらってもいいですか?」

書いてもらうのはどんな物件をさがしているのか、など病院でいう問診票みたいもの。

櫻井さんは一人暮らしの欄にチェックを
入れた。

「一人…」

フッと顔を上げたその顔は優しく微笑んでいるけど
どこか寂しそうで。

「あ、いえ…。あっ!この間は本当にありがとうございました。」

電車で介抱してくれたときのお礼を改めて伝えた。

「いえ…当然なことをしただけです。帰ってからは大丈夫でした?松本いるから、安心か。」

松本。
安心どころじゃない。

一緒にいても息が詰まる。

そんなつもりないと、何ともない顔で
いつもの俺でいなきゃならない。

「そ…う、ですね…」

優しい夫、物わかりのいい妻。
俺たちを人はそう呼ぶ。

優しすぎて踏み込んでこない夫。
わかっていて余計なことまで口にする妻。
これが本当の俺たちだ。

「なんでこんなことになったんだろ…」





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