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僕は君を連れてゆく

第37章 背中合わせ


寝室のドアをそっと開けた。
ダブルのベッドの右側が盛り上がっている。
和也が寝ている。

息を殺して、部屋の中へ足を進める。

布団から出た和也の顔。
昔と変わらないツルツルのおでこ。
規則正しい寝息が聞こえる唇。

同じように部屋を出て書斎へ入った。

「…はぁぁぁ…」

この書斎。
最初は形だけだった。
どうせ、仕事も持ち帰るなんてことはないだろうしリビングと寝室しか使わないでいるんだろうって。

だけど、どうだ。
今、書斎がなかったら俺は窒息死してしまう。

それくらい、和也との空間は俺を苦しめてる。

悪いのは、俺。

和也の求めているものはわかっている。

それを、幾度となく断ってきた。
仕事で帰れない、接待がある、そう言って。

最初は本当にそうだった。

部署を移動したばかりで人間関係を一から築くことに、こんなに時間を要するものかと。
人間関係を築いたら今度は信頼を得ないといけない。
櫻井のおかげでやってこれてはいるけど。
上司、同僚、もちろん顧客に気を使うばかりで和也のことは後回しになった。

遅くなる、夕飯はいらないと言っても帰ればダイニングテーブルの上にはラップのかかった皿が乗っていて。

それをそのまま冷蔵庫にしまう。

次の日の朝、申し訳なさそうに眉を下げて「いらないって分かってるけど作っちゃうんだ」と言う。

この言葉に俺はうんざりする。

遠回しに帰らないことを責められてるみたいで。

性的な欲求がなくなったわけじゃない。
和也に対して愛情がなくなったわけじゃない。

だけど、そんな、和也を抱く。
そんな気にどうしてもなれない。

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