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不透明な男

第13章 胸裏



智「随分呑まれましたね…」

社「そうか?」


ギラギラと光を湛えて見てくる瞳は恐怖を煽る。


智「悪ふざけが過ぎますよ」

社「ははっ…」


酒の入ったグラスを揺らしながらいやらしい笑みを浮かべる。
さっきの俺を瞼に思い浮かべているのだろう。

息を飲んで、迫る女を見る俺の瞳。
歪ませた眉。
絡まる赤い舌。

社長を見なくても分かった。
俺の事を凝視していると。


智「あまり羽目を外してはいけませんよ」

社「たまにはいいだろう?」

智「ご自分の立場をお考えにならなくては…」


俺は、ソファーの隅で烏龍茶を飲むBGに合図を送る。
目の動きでそれを察知したBGは席を外した。

俺ははしゃぐ女を押し退けると、そっと社長の耳元に近付く。


智「社長…」


酔ったふりをして、顔を傾け社長の耳に熱い息を吐きながら話す。


智「トイレに行くふりをして裏口から外へ」


社長に凭れかかる素振りをしながら耳打ちした。


智「手配してあります。すぐに車に乗ってここから離れて下さい」


目をとろんとさせながらもしっかりとした口調で話す俺に、社長も漸く異変を感じた。


智「ここは僕に任せて…」


社長は芝居をしながら席を立つ。
トイレに向かう角で、BGの手が社長に伸びた様子を見届けると俺は飛び出す。

受付の向こうで気配を消しながら佇む男に飛びかかった。






「いや、ありがとうございました」


この店のチーフマネージャーと名乗る男が俺に頭を下げた。


「もう酷いストーカーで、女の子も怖がるし入店禁止にしていたのですが」


俺が捕まえたのは只のストーカーだ。
この店の女の子に付きまとっていたらしい。


「まさかナイフまで持っているとは…」


危ない所でした、本当にありがとうございますともう一度俺に頭を下げた。


智「いえ、何かおかしな感じがしたので」


店の女も俺に礼を言ってくる。


智「あ、社長には言わないで頂けると有り難いのですが…。業務外の事で危険を犯す事を嫌うもので」

「是非社長様にもお礼をと思っていたのですが…」

智「いえ、僕が怒られますので(笑)」


そうですかと、残念そうな顔をしたが約束をしてくれる様だ。


変な客がいて助かった。



俺は、よろしくねと笑顔で釘を刺して社長から逃れる事に成功した。




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