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不透明な男

第13章 胸裏




智「せんせ」

東「そろそろ来る頃だと思ってたよ」


風呂上がりの爽やかな顔を見せながら東山先生は笑った。


智「さすがだね」

東「そろそろ無くなる頃だろう?」

智「ん。ふふっ」


ちょーだいと俺は手を差し出す。

その差し出した掌に、東山先生は薬を乗せた。


東「まだ、どっちも必要か…?」


そう言うと、俺の顔をじっと見つめる。
そして静かに溜め息をつく。


東「疲れた顔をしてるな…」

智「そう? これのお陰で最近よく眠れるよ?」


俺はニコッと笑った。
だけど、俺の笑った顔を見ても東山先生は笑わなかった。


東「お前が何をしてるのかは分からないが」


ドキッとした。
濁った瞳を見透かされたんだろうか。
そんな気がした。


東「ちゃんと前を向いてるんだろうな?」


前を向く。
俺は、前を向いているか?


智「向いてるよ…」


この濁った瞳はもう戻らないかもしれない。
だけど、俺は進むんだ。


智「もう、逃げない事にしたんだ」


そうだ、逃げちゃ駄目なんだ。
何も変わらない。
自責の念が消えるとは思えないけど、もう逃げるなんて出来ない。


智「卑怯者のままで居たくないからね」

東「なら、いいんだ。俺はお前を応援する」


東山先生は何も聞かない。
俺が何をしているのか、気にならない筈がない。

だけど聞かないんだ。

それでも俺の背中を押してくれる。


東「ほら」


東山先生はその大きな胸を広げてみせる。


智「ふふっ」


その胸に飛び込んで、俺は温もりを貰うんだ。


智「ほんとだ。これ、落ち着くね…」


前に東山先生が言ったんだ。
辛くなったらいつでも来いと。
これが一番効くんだからと。


東「そうだろ?」


心地の良い腕の中で目を閉じる。


智「ありがとね」

東「なんだ急に改まって」

智「だっていつも、さ」


俺に、無償の愛をくれるんだ。


智「先生、ありがとう…」




それはまるで、親の様に。







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