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不透明な男

第12章 惑乱


Aはまた怪訝そうな顔をした。


A「汚れたって…、お前、今日は任務に就いてなかっただろ」

智「ひどいな、ちゃんと働いてたじゃん」

A「午前中だけだろう?」


社長が戻ってきてからはお前はずっと社長室に行ったきりだったし、特にトラブルも無かった筈だと、俺を問い詰める。


A「それともなんだ、社長に汚されたとでも言うのか」

智「違うよ…」

A「本当か?俺の目を見て言え」


グイッと腕を引っ張り、俺を隣に座らせる。
俺の顎を掴むとAが見える様にと、俯いた顔を上げさせられた。


A「逸らすんじゃない」

智「近いんだよ」

A「何故真っ直ぐ俺を見ない?何があった?」

智「なんも無いって…」


胸が苦しかった。
ホテルの部屋に居た時からずっとだ。
心臓がきゅっと小さくなって、潰れそうだった。


A「だから何でそんな泣きそうな顔をしてるんだ」

智「は?何を言って…」


確か前も言った筈だと、俺をぎゅっと抱き締めてきた。


智「何してんだよ」

A「慰めてやってるんだ。分からないか?」


抱き締められると、俺の心臓もまたぎゅっと苦しくなった。


智「いてえ…」

A「そんな強くないだろ」


少し、俺の身体に回す腕を緩めた。


智「そっちじゃねえ。もっと、強く…」


俺は目を閉じて額をAの肩に預ける。


A「最初からそう言えばいいんだ。すぐ慰めてやるのに」

智「うるさいよ。誰もそんな事言って無い…」


こんなに大人しく抱き締められてるのにか?とふふっと鼻で笑う。


智「忘れさせるの得意だろ」

A「あ?」


ずっと何処かで思ってきた事だったけど、他人にはっきりと言われた事なんて無かった。

まあ、俺の両親の事なんて誰にも言ってなかったから当たり前なんだけど。

だけど、その信憑性のある話に俺は愕然としたんだ。


智「忘れさせろよ」

A「成瀬…」


ああ、やっぱり俺の親はもう居ないのかと。


智「ほんとに忘れたい訳じゃ無いんだ。ふりでいいんだよ」


そうだよ、本当に忘れてしまったら最悪だ。
思い出す事がどんなに大変だったか。


智「頼むよ、忘れたふり、させて…」



ああでも、細かい事は思い出せないな



命日、いつなんだろうな…





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