
不透明な男
第12章 惑乱
ホテルの前に横付けされた車に乗り込む。
話していたせいか、予定の二時間を30分程上回っていた。
社「遅かったな」
智「すみません…」
いや、いい、そんな事だってあるだろうと社長は笑った。
俺が激しく女を揺さぶっている所を見ていたんだ。
燃えていた様にでも見えたんだろう。
社「これきり、というのが惜しくなったんじゃないのかね?」
智「そんな事!…ある訳無いじゃないですか」
そうムキになるなと、からかってすまないと軽く俺に頭を下げる。
社「今日も、激しかったのか?」
そう言うと俺のネクタイを少し緩める。
社「傷は付いてないか…?」
ボタンを外すと、首の付け根をチラッと覗く。
智「ついてませんよ…?」
首を撫でる社長の手を掴むと、俺は少し困惑した顔を社長に見せた。
目線を下げ、ボタンを止める。
その拒否をしている様な行為に、宙に浮いた手が俺の頬にそっと触れた。
社「怒っているのか」
智「怒るなんてそんな…」
キョトンとした瞳の中に、怯えた色を伺わせて社長を見る。
智「僕が、痛いのは」
ん?と俺の言葉の先を急かす。
智「腕ですよ。…ココ、血が滲んでます」
俺は、ふふっと笑うと二の腕を指差した。
智「夫人の爪、長いですね(笑)」
社「ははっ、そうか…」
俺が俯いて苦笑いをすると、社長は笑いを被せる。
智「そうですよ…」
ネクタイをきゅっと閉め直し、顔を上げて社長を見る。
その社長の顔は、笑っているのに怒っていた。
俺が夫人を抱いたからじゃない。
欲しいものが手に入らなくてイライラしている、そんな子供の様な顔をしていた。
18歳の俺は、優しいおじさんにすぐになついた。
絵を誉めてくれるし、美味しいモノも喰わせてくれた。
ニコニコと笑いながらくだらない話だってした。
でもそんな俺も、少し拒絶していたんだ。
優しすぎておかしかった。
なんでこんなに良くしてくれるんだろうと、アトリエを作ってやるだの高額で絵を買うだのは断ったんだ。
まあ、断ったところで結局はずる賢い大人に敵う訳も無かったが。
簡単に手に入れたと思ったモノが、実の所なかなか手中に納められなかった。
意地もあったのだろう。
そんな掴めない俺に、社長は夢中になったんだ。
