
不透明な男
第11章 背徳
智「うぅ…っ」
夢を見た。
それは、思い出した日から毎日のように俺の夢に現れた。
智「く…」
あの日見た青年の顔。
わざわざ夢なんかで見なくたって、日中でもふと俺の瞼に現れる。
それでも、忘れるな、脳裏に焼き付けるんだとでも言うように、瞼を閉じても現れた。
兄「智」
智「あ…」
兄「…まだ魘されてるのか」
俺をベッドに寝かせリビングに居たのであろう松兄ぃが、寝室のドアを開け俺の元にやって来た。
智「…なにしてたの」
兄「起きたら飯食うかと思ってな。…一人にしてごめんな」
智「ん…」
また俺はぎゅっと抱きついた。
この後に及んで自分の辛さを和らげようなんて、ムシが良すぎる。
わかってる。わかってるよ。
兄「…泣いてたのか?」
智「しらない」
兄「知らなく無いだろう。頬が濡れてる…」
ぎゅっとしがみついたまま離れなくなってしまった俺を、松兄ぃは笑う。
兄「ふふ、本当ガキだな」
智「うるさいな…」
ほら、だから会っちゃいけなかったんだ。
俺を包むこの暖かさから離れたくなくなってしまう。
離れなきゃ、今すぐ出て行かなきゃと思っていても、しがみついた手が俺の言う事をきかない。
兄「冷たいな…」
松兄ぃの伸ばされた手を振りほどく事も出来なかった。
俺の頬を大きな手が包み込むと、俺はその安心感に目を閉じてしまうんだ。
兄「俺にぶつけりゃいい」
智「松兄ぃ…」
俺が何故泣いてるのかなんて知らないくせに、松兄ぃは俺の涙を受け止めてくれる。
俺に分けろと言わんばかりに、松兄ぃは俺の唇に吸い付く。
兄「俺は強いんだぞ。お前の悲しみくらいどれだけでも貰ってやる」
智「んぅ…」
松兄ぃの唇が、俺に熱を伝える。
その、熱くて深いキスに俺は身を委ねる。
智「ふ…ぁ…」
唇の僅かな隙間からする呼吸は苦しい。
こんなの、道理に反してる。
全く俺という人間は。
兄「お前が望むなら俺は何だってしてやる。だから苦しそうにするな…」
智「おれの、望み…?」
そんなの、考えなくたって分かってる。
いつも脳裏に浮かんでいたんだ。
殺して
ただそれだけだよ。
