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不透明な男

第11章 背徳


智「でもさ、入院費だって」


やっぱり引く訳にはいかなくて、俺は話を戻す。


兄「だから~、そんなのいいんだって言ってるだろ」

智「だけど凄い金額だったよ?」

兄「なんでそんなの知ってるんだ」

智「病院で聞いたんだよ。返さなきゃって思ってたから」

兄「も~お前…」


なんだかんだの押し問答の末、漸く俺が置いて行った封筒を受け取ってくれた。

だけど入院費はいらない。これは俺がしたくてやった事なんだから、それが条件だと松兄ぃは言った。


兄「どうしても払うってんなら、俺の事は忘れろ。何もかも無かった事にするんだ」

智「え?」

兄「最初から俺なんて居なかったと思え。それが出来るなら受け取ってやる」

智「そんなの、思える訳ないでしょ…」

兄「なら、金なんて要らない」


なんでそんな事言うんだ、と寂しさを滲ませた目で松兄ぃを見てしまった。


智「あ、ちょっと待って」


俺の突っ張った手が、松兄ぃの顔の前で止まった。


兄「なんだ?」

智「今、おれを抱き締めようとしたでしょ」

兄「そうだが」


それがどうしたと、松兄ぃは不思議そうに俺を見る。


智「だめ」

兄「は?」

智「無理」

兄「あ?別に取って喰おうって訳じゃ無い。只、可愛い奴だなと…」


それでも駄目なんだ、と意地を張る俺の腕を掴むと、俺をすっぽりと松兄ぃの腕の中に納めた。


智「ちょ、松兄ぃ」

兄「ハグだハグ。外人は皆やってるだろ?」

智「おれ外人じゃねえし」

兄「愛しいと思ったものを抱き締めて何が悪いんだ」

智「や、そういう事じゃなく…」


無理に意地を張ってみても駄目なんだ。

だめだよと言いながらも、俺は抵抗している振りをするだけで本気で逃れようとはしていなかった。



ああ、暖かいな

このまま目を閉じれば、きっと何も考えずに眠れるんじゃないかな



ふと、そんな事を思ってしまう。



松兄ぃは何故だか俺の心理が分かる。

俺が遠慮せずに甘えられるように、松兄ぃはわざと強引になる。



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