
不透明な男
第11章 背徳
なんだか今日は逃げてばかりだなと、少し疲れた。
松兄ぃと鉢合わせしない様にと逃げるように家を出て、病院でばったり出会ったAからは惚ける様にこそこそと逃げ、つい先程は翔の黒い瞳から逃げ出してきた。
なんなんだアイツ…
突き刺さる様な視線から、余程怖い顔をしているのだろうと予想を立てた。
だけど振り向いた時に見たその顔。
最初こそ少し殺気立った様な、そんな感じはしたが、俺の顔を見た翔は、みるみるうちに表情を変えていったんだ。
少し寂しそうな、悲しそうな顔。
眉を寄せて、瞳の奥を揺らしながら俺を見ていた。
だけど、その揺れた瞳もすぐに元に戻って、俺を取り込もうとしているかの様に、俺の目の奥を捕えにかかったんだ。
それで俺は怖くなって、しっぽを巻いて逃げてきた。
全く情けないな…
ピンポーン…
兄『どうぞ』
そんな事を考えてるうちに、俺はいつの間にか松兄ぃの家に着いていた。
インターホンからの聞き慣れた優しい声に安堵するも、俺は少し落ち着かなかった。
ガチャ
俺が玄関に着くタイミングでドアが開く。
兄「ん、入れ」
智「松兄ぃ…」
今度はコソコソとじゃなくしっかり、おじゃまします、と言った。
しっかりとは言っても、今にも消え入りそうな小さな声しか出なかったけど。
兄「久し振りだな」
智「ん」
優しく俺に笑いかけると、顎で俺をソファーに促す。
兄「どうして呼ばれたか分かってるか?」
智「…怒るんでしょ」
コポコポとコーヒーを注ぎながら、俺を横目でチラッと見る。
兄「分かってるのか」
智「でも、やっぱり借りたものは返さないと」
兄「んぁ?」
眉間に皺を寄せて俺をギロッと睨む。
智「なんでもないです…」
怖ええぇ。
ちょっとぶっきらぼうで雑な所もあるけど、松兄ぃは凄く優しいんだ。
俺がそう言うと、松兄ぃをあまり知らない人は決まってこう言うんだ。
うそでしょ?見た目からして怖いじゃないか、と。
よくよく考えれば松兄ぃの部下達はいつもびびっていた様な気がする。
その顔を、俺に初めて見せた。
だけどそれは、俺にとっちゃ、やっぱり優しいんだ。
