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不透明な男

第11章 背徳


翔「ちょ、大野さん?どうかしました?」

智「んぁ?」


俺は俯きながら翔をグイグイ押していた。
身体をぴたっと翔に寄り添わせ、一心不乱に押していた。


智「あ、ああ、いや」


翔の陰に隠れてチラッと後方を見やる。
そこにはもう、Aの姿は無かった。


智「ふぅ…」

翔「どうかしました…?」


思わず安堵の声が漏れた。
それを聞き逃さなかった翔は眉を潜める。


智「え?あ、これ、ありがとね」


どれどれ…と、メモを開く俺を翔はずっと見ている。
俺の頬が痛く感じる位にその視線は刺さった。


智「たっか!」

翔「ね、驚きましたよ」


なんなんだこれ、なんでこんな高いんだと俺は狼狽えた。


翔「超特別室に長期間入ってましたからねえ…。それに保険証持ってなかったでしょ?残念ながら実費です…」

智「マジか…」


これは酷い。
こんなんすぐに払えるかボケと、誰かに怒鳴りたくなった。


翔「松岡さんに返すつもりでこれを?」

智「あ~、うん…」

翔「だけどこの金額じゃ…」

智「ね…」


これは気長に構えるしかないなと、俺は情けない顔を翔に見せた。
すると翔も俺と同じ様に情けない顔をする。


智「なんで翔くんもそんな顔してんの」

翔「なんとなく…」


なんとなくってなんだよ、意味わかんねえと、俺は情けない顔のまま笑った。


翔「ふふっ」

智「なに?」

翔「いえ、貴方もそんな顔するんだと思って」


ずっと見てきたくせに今更なにを…


智「見た事無かった?おれのこんな顔」

翔「ありませんよ。貴方はいつもふわふわして」


優しい表情を浮かべながら翔は話す。


翔「キュートで可愛くって、かと思ったら凄く強くて」

智「キュートってなに」

翔「だけど何処か寂しそうで儚げで…」


優しい顔付きから寂しそうな瞳を覗かせる。


翔「貴方の泣き顔は、こっちの胸が潰れてしまいそうに痛々しくて」

智「翔くん…」

翔「もう、一人で泣かないで下さい」


あの廃墟で見た俺の事を言っているのだろうか。
翔はとても悲しそうな顔を見せた。


翔「僕はずっと見てますから」


俺を真っ直ぐに見る。


翔「だから安心して下さい。僕がずっと貴方を…」




その真っ直ぐな黒い瞳に震え、俺は目を逸らす事が出来なかった。




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