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不透明な男

第11章 背徳




あ、入院費入れるの忘れた



せっかく鉢合わせ無い様に出てきたっていうのに、一番大事な金を入れるのを忘れていた。



いくらだろう…



松兄ぃは俺に金額を教えなかった。
只、俺の目の前で時間もかけずにポンといとも簡単に支払いを済ませていた。

高額な出費だったであろうその金額を、返さない訳にはいかなかった。
俺の気が、済まなかったんだ。






智「翔くん」


俺は病院に舞い戻ってきていた。
松兄ぃに聞いたところで教えてくれる筈も無いと思った俺は、翔に聞くしかないなと、再び翔を見つけた。


翔「あれ、大野さん?」


どうしたんですか、何か忘れ物でも?とキョトンとしながら俺に問い掛けてくる。


智「うん、ちょっとね」


今、大丈夫?と確認を取って俺はすぐに本題に入った。


智「おれの入院費っていくらだった?」

翔「入院費?」

智「うん、松兄ぃが払ってくれたでしょ。いくらだったのかなって」


調べてきましょうかと、気の利いた事を言ってくれる。
俺は素直に翔の言葉に甘えた。


智「ごめんね、仕事中なのに」

翔「いえ、それくらい大丈夫ですよ」


すぐ戻りますからここで待ってて下さいと、翔は足早に去って行った。


いくらだろうな、俺に払える金額かなと、施設の整った綺麗な病院を見渡す。

ぐるぐると辺りを見回していると、何処からか呼ばれた気がした。


智「…え?」


くるっと後ろを振り向いた時、目が合った。


A「成瀬か…?」



やべ

おれが呼ばれたんじゃ無かった



少し離れた所にいたAは目を凝らしながら俺に近付いてくる。

俺は慌てて合わせた目を逸らした。

人違いだと思ってくれねえかな、そんな思いで素知らぬ振りをしながらAから逃れる様にフラフラと歩き出した。


翔「あっ、大野さん!動かないでって言ったじゃないですか」


こら、声がでかい。


翔「はい、調べてきましたよ」


ニコッと笑いながら俺に小さなメモを差し出す。


智「あ、ああ、ありがとう」

翔「ん?大野さん?どうかしました?」


だから名前を呼ぶんじゃない。


A「大野…?」


ほら、聞かれちまったじゃねえか。



この状況は、取り敢えず離れたモン勝ちだなと、キョトンとする翔の背中をグイグイ押しながら、俺は移動した。




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