テキストサイズ

不透明な男

第11章 背徳


教えてくれてありがとう、じゃ、またと看護師に俺は礼を言う。

出口の方にくるっと振り返った俺は、その少し先に翔を捉えた。


翔「大野さん」


翔は俺に向かって歩いてくる。
それは、いつもと変わらずニコッと優しい笑みを浮かべながら。


智「翔くん」

翔「今終わったんですか?」

智「うん」


悟られちゃいけない。
いつも通り普通に接するんだ。


智「翔くんもそろそろランチの時間でしょ?」


俺の警戒が伝わらない様に、ふわっとした柔らかい雰囲気を纏わせる。


智「先に行ってるね?」


はい、すぐ行きますからと言う翔を残して俺はカフェに向かう。


俺の背中を翔が見ている。

ここでは翔は気配を消そうとしない。

だって、俺は翔が居る事を知っているのだから。

当たり前の様に気配を消す必要なんて無いんだ。


その視線を背中に受けながら、俺は呑気そうに歩を進めた。





翔「おまたせしました」

智「ん♪」


いつもの言葉。
翔はいつも小走りで俺の待つカフェにやってくる。
そして、俺の反応を見てから椅子に座るんだ。


翔「新しいメニューが出来たんですよ。これ、きっと大野さん好きですよ」

智「ふふ、おれの好み分かるの?」

翔「そりゃあ…」


そこまで言うと翔は顔を赤く染めた。
俺はいつも、それに反応するんだ。


智「なんで赤くなったの?」

翔「えっ、あ、赤くなってます?」

智「ふふっ、顔、熱いでしょ?」


化かし合いだ。
全く滑稽な姿だった。

翔はいつもの様に爽やかな笑顔と、少し『残念』と言われる部分を俺に見せてくる。

そのギャップに、ヘンな奴だなと、俺は簡単に心を許してしまったんだ。


智「翔くんてさ、本当に美味しそうに食べるよね…」

翔「だって美味しいですから」

智「あ…、ほら、慌てて食べるから」


翔の唇の端に付いたソースを指で拭ってやる。
そのソースが付いた指を、俺はペロッと舐めた。


翔「…っ、す、すいません」

智「あ、これうまい」


一際赤くなった翔の顔を見て、俺はニコッと笑う。


智「ね?美味しいね」

翔「はは、はいっ」



翔もいつもこんなふうに、俺を探りながら飯を食ってたんだろうか。


俺は何も気付かなかったけど、いつもこうやって、俺の反応を観察していたのだろうか…。





ストーリーメニュー

TOPTOPへ