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不透明な男

第11章 背徳



智「ねえ、せんせ…。人間って何の為に生きてるの?」


翔の病院に行く前に、東山先生の所に寄った。
俺は、ラグに座ってテーブルに頬を預けながら話した。


東「どうした急に」


ぼーっと宙を見ながら話す俺を、東山先生は不思議そうに覗き込んだ。


俺は何の為に生きているんだろう。

俺が居たせいであんな事が起きたのに、なんで俺は未だに生きているんだろうと、俺の頭の中をその思いが離れなくなっていた。


智「や、なんでもない…」


俺の記憶は消されなかった。
俺の願いが届いたのか、また記憶を失う事は無かった。

それどころか、激しい頭の痛みを抱えながら、俺の脳裏に鮮明な記憶が甦った。



俺が必死になって探していた原因。

事の始まりは、俺だったんだ。

俺のせいで起こった不幸。

それを俺は受け入れる事が出来なくて、記憶から消し去ったんだ。



全ては俺のせいなのに。

そんな事にも気付かず、俺は呑気に生きていたんだ。


智「せんせ、眠れる薬、ちょうだい…」


もう俺は限界だった。
毎日胸が締め付けられて、息が止まりそうなのに止まらなくて死ねなくて。

思い出した日から、頭痛は毎日続いて。
心臓なんて、よく動いてるなと思うくらいに冷たくて。

なのにやっぱり俺の心臓は、凍てつく事なくしっかりと動いているんだ。


東「大野…。お前、何か思い出したのか?」

智「…そういう訳じゃないけど」


薬を持ってきた東山先生は、それはそれは心配そうに俺を見つめてくるんだ。


智「そんな顔しないでってば。いつも言ってるじゃん」


俺は周りを不幸にするのかもしれない。

東山先生だってそうだ。
俺の心配をしたせいで、医者を続けられなくなったんだ。

あの青年も、俺の心配をしていた。

俺の親だってそうだ。
あんな顔、させたくなかった。



たまたま出会ったおじさんがとても親切にしてくれるんだと、俺は笑いながら言った。

来ちゃ駄目って言われても、断れないんだから仕方がないと、俺はノコノコと社長の所へ行った。


皆の心配をよそに、俺は、何も分かっていなかったんだ。



智「駄目だよ先生。笑って?」




そうだ、俺の心配なんてしちゃいけない

俺から、災いが起きるんだ





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