
不透明な男
第11章 背徳
写真を握り締めるAの手は、僅かに震えている様に感じた。
その瞳には、うっすらと怒りの色が見えた。
俺は写真に目を戻すと、そこに写るある物に気付いた。
智「え…、これ……」
A「ん?ああ…、高級そうな車だろ。当時何千万もしたって噂だ」
智「これ…、こんなんだっけ…。蝶の、エンブレム、付いてなかった…?」
B「ああ、元は高級外車だけどな。そのエンブレムをわざわざ外して特注で蝶のエンブレム付けてたよ。金持ちのやる事はわかんねえな」
A「成瀬…、お前、どうしてそんな事知ってるんだ…?」
それは、俺の両親を最後に見た時にあった。
俺の両親は、この蝶のエンブレムが付いた車に乗り込んだんだった。
まさか、俺の両親が消えたのは…
智「…っ、く」
胸が激しく締め付けられた。
呼吸が上手く出来ない。
智「は…っ、は…」
頭が痛い。
智「う、うぅ…」
目の前が暗くなる。
A「成瀬…?おい、どうした」
智「あ、あぁ…ぅ」
B「お、おい、しっかりしろ!まず息をしっかり吐け!」
ああ、駄目だ。
こんなんじゃまた忘れちまう。
もうすぐだ。
あと、もう少しで全部思い出せそうなんだよ。
頼むから、おれから記憶を奪わないで
また振り出しに戻るなんて
もうたくさんなんだよ…
当時の俺は、社長に連れられてマンションに行ったんだ。
訳も分からずに行ったんじゃない。
数日前から両親が帰って来なくなった。
その理由を、何かしら社長が知っていると俺は思っていたんだ。
まだ両親が居る頃、俺の留守の間に社長は家に来た。
社長が出て行く所を見たんだからこれは確かだ。
どういう理由で来たのかと親に尋ねると、俺の親ははぐらかした。
貴方は何も心配しなくていい、只、もうあの社長には会うなと。
その時の両親の表情に、何か迷惑をかけているんだな、心配させているんだなと、胸を痛めた。
俺は親の言い付けを守った。
もうあんな顔はさせたくなかった。
俺を連れにやって来ても、俺は出なかった。
居留守を使ったんだ。
その数日後、俺の両親は、あの蝶と共に消えた。
