
不透明な男
第8章 序章
俺は怖かったんだ。
前の俺が近付いてくる事が。
これから何処に行ってしまうのか、自分でも分からなくて怖いんだ。
智「ん…、松兄ぃ…」
冷えた心臓は、もう暖まる事は無いんじゃないかと思えるんだ。
智「ん…ふ……」
だから、冷えきってしまう前に温もりが欲しかった。
兄「何処へ行こうとしてる…?」
ほら、何も言わなくても俺の事が分かる。
智「自分の家に帰るだけだよ…」
兄「そうか…」
俺の嘘に気付いても追求しない。
只、松兄ぃは心配そうな顔で少し笑うんだ。
兄「居なくなるなよ…」
俺をソファーに押し付ける手に力が篭る。
俺の目をしっかり覗き込んで、深く唇を重ねてくる。
智「大丈夫だよ…、行く所なんて無い…」
俺の耳に舌を這わせながらボタンをひとつずつ外していく。
熱い息が俺の耳にかかる。
それだけで、俺の心臓は震える。
智「ん、は…ぁ…」
俺は自然と目を閉じてしまう。
上がった顎からは、甘い息が漏れてしまうんだ。
兄「ほら、その顔。それが見られただけで、俺の損なんて吹っ飛ぶんだ…」
優しいのに男らしい、甘い様な、痺れる様な、そんな声を俺の脳に伝えてくる。
その不思議な声に誘われて、俺は身を委ねる。
