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素晴らしき世界

第31章 向かい合わせ

シャワーを止めると、
濡れた髪を掻き上げて大きく深呼吸する。

ざわつく気持ちが落ち着くかと思ったけど、
刻々と迫ってくる時間と共に緊張感が増してくる。

「よし…っ」

頬をペチンと叩き、
意味の分からない気合を入れると浴室を出た。


やばっ、俺……着替え忘れた。


前は着替え一式をソファーに置いてくれていた雅紀。

それさえも安易に取り繕うと声をかけた
翌日から無くなってしまった。

それからは当たり前だけど自分で用意してた。

でも今日は、
てんぱって取り行くのを忘れてしまった。

恥ずかしいけど、
タオルを巻いて取りに行くしかないな。

そんな事を考えながら髪をタオルで拭いていると
視界に入ってきたのは洗濯機の上に置いてある
黒のバスローブと下着。

当たり前だけど、雅紀が用意してくれたもの。


確かこのバスローブは雅紀と色違い。


結婚してから色んなもの買い替えたいって言って、
お揃いのモノを雅紀が嬉しそうに買っていた。

下着を履いてバスローブを羽織ると、
心地のいい肌触りが身体を包み込んだ。


そっか、これ……数回しか着ていないんだ。


仕事が忙しくなったこともあるけど……

俺に干渉してくる雅紀から逃げたくって
特に週末は帰宅時間が遅くなるようになった。

それと同時にバスローブを着る機会が無くなり、
雅紀を抱くことも同じように無くなっていった。


バスローブが雅紀の
抱いて欲しいっていう合図でもあった。


本当に何もかものきっかけは雅紀だった。


だから最後くらいは身体と心で雅紀を……


『抱いてやる』じゃなくて『抱く』んだ。


久しぶりに入る寝室のドアを開けると、
ベッドに腰かける雅紀の姿。

白のバスローブを羽織り、
下を向いた膝の上で拳を見つめていた。

俺はその横に座ると、握りしめていた拳を
少し震える手で包み込むとゆっくりと顔を上げた。

「雅紀」

もう片方の手で頬を包むと、
ゆっくりと顔を近づけた。

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