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凍夜

第5章 渇望


~あれはダイアモンドの改装工事が終わった夜だった。

私はバーまつもとのカウンターでマサシを待っていた。

マサシと〈二人だけの秘密〉を共有した夜から数日が経っていた。

店内には客がそれなりに入っていた。

私はバイオレットフィズを飲みながら、マスターと話をしていた。内容は青少年の性についてだった。マスターの理論は非常に解りやすく面白くて、暗い気分だったはずなのについ、吹き出しかけたその時だった。

店のドアが開き、振り返ったら、レイジがそこに立っていた。

ボックス席に座る客たちも話をやめた。

全身から匂い立つような華やいだオーラがレイジを取り巻いていた。

なんていうのか芸能人みたいだと思った。

レイジはマスターに目配せすると私の横に腰を下ろした。

「いらっしゃいませとか言わないねぇ…?マスター。」

レイジは頭の上にサングラスを乗せて引っかけると乾いた声で笑った。

「なんか用があるのかい?」

マスターは、素っ気なく言ってから真っ白いおしぼりをレイジに渡した。

レイジはおしぼりで手を拭うと、カウンターに肘を投げだして「いつもの。」と口を尖らせた。

私は、混乱していた。

会ってみたいと興味を持っていた、〈死神レイジ〉がこんなに突然真横に居るのだから。

この気持ちがなんなのかわからなかった。

でも、舞い上がっていたのは確かかもしれない。

マスターがジントニックを作って、カウンターの上に置くとレイジは心なしか嬉しそうな顔をしてロンググラスの中に浮かぶライムのひときれを掴んでかじった。

レイジはシャネルのエゴイストの香りがした。

「おい、レイジ、酔ってねぇだろう?」
マスターがダスターでカウンターを拭きながらレイジを見た。

「酔わないね。」
レイジはグラスの中にまた指をいれた。

「じゃあ、なんだ?」

「静香とガキが死んだ。」

「なんだって?」

マスターは、ダスターを放り出した。

私は驚いてレイジを見た。

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