
凍夜
第5章 渇望
ススキノ交差点に建つ唯一のデパートラフィラの前は、人待ち顔の男女で溢れていた。
金曜日だったんだと今になって気づいた。
「寒いねー!」
川原が私に身を寄せてきて手を差し出した。
私は笑顔で川原の手を取り握った。
道行く恋人達のように私も川原に寄り添い歩いた。
交差点のまん中に建つ時計の針は22時半を回ろうとしていた。
土屋からの連絡はまだ何もなかった。
途方もなく悲しい旅路を歩いているような気がして、私は思わず川原の手を強く握りしめた。
なんだかとても心細くて胸の中がざわついて仕方がなかった。
鴨々川まで歩いてきたところで、川原は立ち止まり橋の下を見下ろした。
黒い帯がたなびくような、細い川の流れが私と川原の眼下を通り過ぎてゆく。
川原は静かにそれを目で追って小さくため息を漏らした。
私は一瞬、川原の心の中に流れる暗い川のせせらぎを耳にしたような気がした。
酒のせいで少し赤らんでいたはずの川原の頬はいつのまにか青ざめていた。
私は川原の手をもう一度強く握った。
ハッとしたように川原は私を見つめて、「ごめんね」と言った。
「こんなに寒いのに歩かせちゃったね。」
いいえと私は首を振った。
川原のジャケットの肩の上には雪が積もっていた。
「コートの季節か、イヤだね……。今日はこんな予定じゃなかったからね……。」
川原はしんみりと呟いて肩の雪を軽く払った。
「こんな日にね……。なんだかね……。」
川原が、駅前通りを走る車の列に目をやった。
「今更だよな……。」
ゆっくりと通り過ぎる車のライトが川原の横顔を白く照らしすぐに青い影へと変えた。
私はもう一度、橋の下を見下ろして、雑踏の中、遥かに流れる川の流れを改めて思い廻らせていた。
《あの日、私とマサシはこの道を歩いたはずだった。》
《私とマサシは確かに、この道を、この橋を一緒に歩いていたんだ……!》
遥かなる時代に……。
