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凍夜

第5章 渇望


〈川原信一〉

45歳。既婚者、札幌在住。会社運営。

今日初めての入会。

指名ユキ


写真よりずっと紳士的に目に映った。

《仕方ない!》

私は小走りで男に駆け寄ると男の袖をつかみエレベーターホールまで連れこんだ。

「川原さん、ごめんなさい。ちょっとそこまでいいでしょうか?」

私は頭を下げて、その男を上目づかいで見つめた。

その男は私に掴まれた袖を軽く直すと私を上から下までじっと見た。

私はバッグの中から名刺いれを取り出してそこから一枚の名刺をその男に渡して言った。

「ハーフムーン、代表取締役、桜井リナと言います。」

男は名刺を受けとると胸元から自分の名刺を取り出して「川原です。」と名乗ってやや笑った。

笑った口元の歯並びが、綺麗で清潔感があった。

「何?ちょっとそこまでって、あそこでいいかい?」

川原はそう言って、サウスウェストを指さした。

私は充分ですと頷き、川原の後についていった。

私達は店の奥のテーブル席に案内された。

スタッフが、オーダーを聞きにきたので、川原が「君なにを?」と訊いた。

「同じものを。」と、私は答えた。

「じゃあ、ビールを二つ。」

「かしこまりました」とスタッフが一礼して去った。


「乾杯、」

私と川原は、グラスを合わせた。

グラスに浮かぶビールの白い泡がこっくりと揺れた。

私は一口だけのんで、川原と目が合うのを待った。

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